社会保険に加入している社員が病気やケガで働けない場合は、一定の条件を満たせば傷病手当金が支給されます。
特に休職などで働けない期間が長期化する場面では、社員の生活保障の面で重要な役割を果たすでしょう。
本記事では、社員が安心して休業できるよう傷病手当金の手続き方法や支給条件、受給できる金額の計算方法などを紹介します。傷病手当金を受け取れるかどうかの判断に悩むケースについても見てみましょう。
傷病手当金とは
傷病手当金とは、仕事以外の理由による病気やケガで働けない期間に、生活保障の一環として受け取れる手当金で、健康保険法で定められた保険給付の一つです。病気やケガが治り職場復帰が可能になるまで、1日単位で最長1年6ヶ月間まで支給を受けられます。
全国健康保険協会(協会けんぽ)や健康保険組合(組合健保)・共済組合(公務員共済)といった、社会保険に加入する被保険者本人のみが受給対象です。したがって、勤務時間が短いなどの事情で社会保険に加入せず、国民健康保険に加入している人は傷病手当金の支給を受けられません。
ただし、業種ごとの健康保険組織である国民健康保険組合の一部では、傷病手当金制度を設けている場合があります。
傷病手当金の支給条件
傷病手当金は、以下の4つの条件をすべて満たしているかを書類で審査された後に支給されます。傷病手当金の支給条件を具体的に確認してみましょう。
1.業務外での病気やケガである
傷病手当金は、仕事や通勤以外で起こった病気やケガにより自宅または入院で療養する際に支給対象となります。
内科・外科に代表される医科はもちろん、歯科治療も対象です。医療機関によって療養が必要だと判断された場合は、自費診療や先進医療など保険証を使わずに診療を受けた場合も支給対象になります。ただし、美容整形や審美歯科治療といった、病気・ケガを治す以外の目的で診療を受けた場合は支給対象外です。
なお、業務や通勤が原因で病気やケガをした場合は、健康保険ではなく労災(労働災害保険)から休業補償給付などを受けられる場合があります。
2.労務不能の状態である
病気やケガをした人が休業前の業務を遂行できない「労務不能」の状態であれば、傷病手当金の支給対象です。病気やケガの症状悪化を避けるための休業や、感染症に伴う隔離・宿泊療養に伴う休業も、労務不能の状態と取り扱われます。
一方、病気やケガの療養中に自宅や入院先からテレワークで業務を遂行したいと社員が申し出た場合は、労務不能と判断されない可能性が出てきます。症状悪化を避けて社員への安全配慮義務を果たす観点から、療養に専念するようアドバイスするのが妥当でしょう。
3.連続して4日以上欠勤している
傷病手当金は病気やケガにより連続して3日間休んだ後、4日目以降もなお休業した場合に支給されます。
連続した3日間は「待期期間」とも呼ばれますが、給与が支払われたからといって待期期間が延びることはありません。したがって、待期期間には公休日や欠勤した日・有給休暇を取った日などすべての休みが含まれます。仕事中に業務外の理由で発病あるいはケガをした場合は、発病・ケガの当日から待期期間が始まります。
4.休業期間の給与が支払われていない
傷病手当金には療養期間中の給与の一部を補償する一面があるため、休業期間中に給与が支払われた場合は傷病手当金の支給対象外です。ただし、休職手当などの形で傷病手当金より少ない額の給与が支払われた場合は、本来の傷病手当金と支給された給与との差額が支給されます。
例えば、本来受け取れる傷病手当金が1日8,000円の人が会社から1日5,000円の休職手当を受け取った場合は、健康保険から1日3,000円の傷病手当金を受け取れます。
(本来の傷病手当金8,000円-休職手当5,000円=受給額3,000円)
また、休業期間中に賞与が支払われた場合でも、傷病手当金の受給資格や金額には影響は出ません。
傷病手当金の期間と金額の計算方法
傷病手当金は、待期期間を過ぎた最初の休業日から数えて最長1年6ヶ月間支給されます。傷病手当金の支給を受けた後に職場復帰し、同じ病気やケガで再び休業した場合には職場復帰していた期間も含めて1年6ヶ月間と考えます。
1日あたりの傷病手当金は、以下の計算式で算出可能です。小数点以下の端数は、四捨五入します。
1日あたりの傷病手当金=(支給開始日を含む直近12ヶ月分の標準報酬月額の平均額÷30日※)×3分の2
※10円未満を四捨五入
前の勤務先を退職した翌日に現在の勤務先に就職して、なおかつ前職と同じ健康保険の場合は、被保険者期間を通算します。また、入社間もないなどの理由で被保険者期間が12ヶ月に満たない場合は、以下のうち金額が低いものを標準報酬月額と考えます。
(1)被保険者資格を取得した月から傷病手当金の支給月までの、各月の標準報酬月額の平均額
※例…2021年7月1日から傷病手当金が支給される場合は、2020年8月~2021年7月の各月の標準報酬月額を平均
(2)加入する健康保険の、全被保険者の標準報酬月額の平均値
※協会けんぽの場合は、2020年の標準報酬月額の平均値は30万円)
傷病手当金の計算例を、具体的に確認してみましょう。
直近12ヶ月間で標準報酬月額が変わらなかった場合
・標準報酬月額…28万円
・休業日数…連続6ヶ月間(184日)
・支給される傷病手当金の総額…1,144,480円
【計算式】
①(28万円×12ヶ月)÷12ヶ月÷30日≒9,330円
②(9,330円×3分の2)×184日=1,144,480円
直近12ヶ月以内に給与改定などで標準報酬月額が変わった場合
・標準報酬月額…2020年8月~9月は260,000円、2020年10月~2021年7月は300,000円
・休業日数…連続6ヶ月間(184日)
・支給される傷病手当金の総額…1,199,680円
【計算式】
①(26万円×2ヶ月+30万円×10ヶ月)÷12ヶ月÷30日≒9,780円
②(9,780円×3分の2)×184日=1,199,680円
入社4ヶ月後に休業を開始した場合(前の勤務先と現在の勤務先の健康保険は異なる)
・標準報酬月額…320,000円
・休業日数…連続6ヶ月間(184日)
・支給される傷病手当金の総額…1,226,728円
①標準報酬月額は30万円とみなして傷病手当金の金額を計算
②(30万円×4ヶ月)÷4ヶ月÷30日=10,000円
③(10,000円×3分の2)×184日≒1,226,728円
ケース別傷病手当金のQ&A
病気やケガによる休業期間が長期化した場合に、退職後も傷病手当金が受け取れるかどうかが気になる人は少なくありません。
有給休暇や他の制度で受けられる手当との関連性も気になるところです。傷病手当金を受け取れるかどうかの判断に悩むケースを紹介します。
うつ病の場合傷病手当金は受け取れるか?
うつ病をはじめ、適応障害や自律神経失調症といったメンタルヘルス不調で休業する場合、医師から労務不能という証明を受けられれば傷病手当金を受給できます。休業当初の診断書では、療養期間を2週間~3ヶ月前後と指示されるケースが多いようです。
復職後にうつ病などのメンタルヘルス不調が再発した場合、回復後ある程度の期間が経過していれば別の要因で発病したものとして、新たに傷病手当金の支給決定を受けられる場合があります。社会保険審査会の裁決では、自律神経失調症の回復後1年6ヶ月経過後の再発に対する傷病手当金の不支給決定を取り消した事例もありました。
一方、回復途上のリハビリ出勤や時短出勤を会社が受け入れると、一部とはいえ労務可能と判断されるため傷病手当金の支給が打ち切りになってしまいます。傷病手当金では労災と異なり、一部の休業に対する支給制度がないのでご注意ください。
有給休暇を取った日に傷病手当金は受け取れるか?
有給休暇を取得して賃金が支給された日については、傷病手当金は支給されません。ちなみに、有給休暇を取得した日については以下の方法で賃金を精算しますが、傷病手当金の日額を上回るケースがほとんどです。
(1)通常どおり勤務したものとみなす
(2)「有給休暇取得日の賃金=標準報酬月額÷30日」として計算
(3)平均賃金を用いて計算
なお、以上の方法で計算した金額が本来の傷病手当金の金額より少ない場合は、差額が支給されます。
休業補償給付を受給している場合傷病手当金は受け取れるか?
労災によるケガ・病気から回復する途中の人が、仕事を休んだ日だけ休業補償給付を受けながら働くケースも少なくありません。
しかし、休業補償給付を受けられる状態にある人が個人的な病気・ケガをした場合でも、休業補償給付と傷病手当金をダブルで受給することはできません。労災による各種給付が優先されるからです。ただし、本来の休業補償給付の金額が傷病手当金より少ない場合は、差額が支給されます。
出産手当金を受給している場合傷病手当金は受け取れるか?
出産手当金を受給している期間に個人的な病気・ケガをした場合は、出産手当金のみ支給されます。出産手当金と傷病手当金の計算方法が同じであることと、出産手当金の受給期間中は会社に出勤していないからです。
ただし、標準報酬月額が変更された場合には1日あたりの支給額に差が生じることもあります。出産手当金の額が傷病手当金の額よりも少ない場合は、傷病手当金の支給申請を行えば出産手当金との差額が支給されます。
退職後も傷病手当金は受け取れるか?
社会保険の被保険者期間が継続して1年以上あり、資格喪失日の前日(一般的には退職日)の時点で傷病手当金を受給している状態であれば、退職後も継続して傷病手当金を受け取れます。
退職時点で傷病手当金の申請が済んでいない場合でも、資格喪失日の前日の時点で待期期間が経過しており、なおかつ労務不能な状態なら退職後も傷病手当金を受給可能です。退職後に、在籍中の健康保険を任意継続せずに国民健康保険に加入したり、家族の扶養に入ったりしても問題ありません。
一方、資格喪失日の前日に挨拶などの名目で休業中の社員が出勤すると、退職時点で仕事に就くことができる状態だったと判断され、退職後の継続給付が受けられなくなるのでご注意ください。
傷病手当金の手続き方法
傷病手当金は会社を経由して、健康保険証に記載された保険者あてに請求します。退職後に傷病手当金を請求する場合は、自分で直接保険者に書類を提出します。月々の給料日が過ぎてから、1ヶ月ごとに申請するのが一般的です。具体的な手続きの流れについて解説します。
本人記入欄に必要事項を記入
以下の内容を間違いなく記載します。
・保険証(被保険者証)に明記された、記号と番号
・氏名や生年月日・住所
・傷病手当金の振込を希望する銀行の口座番号
・傷病名と初診日(発病時の状況は「不詳」で差し支えない)
・療養のため休んだ期間と日数
・具体的な仕事内容
・休んだ期間中に給与を受けたかどうか
・障害厚生年金や障害手当金を受けたかどうか
・労災から休業補償給付を受けているかどうか
傷病手当金の振込先は被保険者本人の口座が基本ですが、振込先を配偶者や家族など代理人の口座に指定することも可能です。代理人の口座を指定する場合は、受取代理人の欄または委任状の欄に被保険者・代理人双方が署名・押印した上で代理人の住所・電話番号と被保険者との関係性を明記します。
病気・ケガの原因が第三者の行為によるものの場合は「第三者行為による傷病届」の提出が必要です。申請内容によっては保険者から追加の書類を求められる場合があるため、会社と社員が協力しながら作成していきます。
社員の勤務状況や賃金支給状況は会社が証明
申請書の様式に合わせて、休業した社員の勤務状況や賃金支給状況を証明して事業主の代表印を押印します。休業期間に賃金を支給したかどうかについても、明記が必要です。勤務状況・賃金支給状況とも給与の計算期間に合わせて行いますが、日割計算や欠勤控除ルールといった具体的な賃金計算方法についても記載します。
証明書の作成が終わったら傷病手当金支給申請書を休業中の社員に渡し、医療機関で療養状況の証明を受けるよう案内します。医療機関での証明料金は300円です(3割負担の場合、2021年7月現在)。一般の診断書のように高額と思われがちなので、証明料金を案内すると社員も安心するでしょう。
医療機関で労務不能の証明を発行
休業中の社員が受診している医療機関では、主に次の内容を証明します。
・傷病名
・初診日
・発病または負傷の時期
・入院期間がある場合はその期間
・診療日数と受診日
・病気・ケガの経過や治療内容
・労務不能と認めた期間
・労務不能と判断した所見
受診当日に労務不能の証明を受けられるケースが多いですが、医療機関によっては証明書発行まで1~2週間かかることも考えられます。手続きをスムーズに進めるために、会社に直接証明書を送ってもらうよう社員から依頼してもらうのも一つの方法です。
保険者に提出
傷病手当金の支給申請書ができあがったら、保険者に郵送で提出します。協会けんぽの場合は出勤簿・賃金台帳の添付は不要ですが、他の保険者の場合は出勤簿・賃金台帳のコピーも添付します。書類の提出後に内容の問い合わせがあった場合は、迅速に対応しましょう。
傷病手当金を受け取るまでの注意点
傷病手当金の支給を受けるための注意点も、確認しておきましょう。
1.申請は給料日が過ぎてから
傷病手当金の申請では会社での給与関係の証明作業が伴うため、給与の締日に合わせて行うのが一般的です。まる1ヶ月休業したため支払う給与がゼロ円であっても、給与の締日より前には傷病手当金の申請ができないので注意しましょう。
退職後に傷病手当金を申請する場合は給料日に左右されずに申請できますが、生活費の一部になることを考えると1ヶ月ごとに申請するのが無難といえます。
2.2年で時効になる
傷病手当金の時効は休業日の翌日から2年で、休業日1日ごとに発生します。時効を1日でも過ぎると傷病手当金の支給を受けられなくなるため要注意です。傷病手当金の請求漏れを防ぐために、病気やケガで4日以上休業する社員には傷病手当金の制度を説明した上で手続きを促すとよいでしょう。
3.申請後振り込まれるまでは1ヵ月程度かかる
傷病手当金の初回申請書類を提出した後、実際にお金が振り込まれるまで1ヶ月前後かかります。賃金の支払状況や医師の所見などを審査した上で、支給可否を判断するためです。2回目以降の申請では振込までの期間が短縮される傾向にあるものの、2週間前後はかかるでしょう。また、協会けんぽでは基本的に10営業日以内に傷病手当金が振り込まれます。
傷病手当金は社員が安心して働ける制度のひとつ
傷病手当金は、社会保険に加入して働く社員が病気やケガにより休業を余儀なくされた際の生活費を最長1年6ヶ月にわたって補う、セーフティーネットの役割を果たしています。
連続3日間休業してもなお療養のために休み続ける必要がある場合に、保険者の審査によって支給されます。社会保険に加入した上で1年以上勤続していれば、退職後も継続して給付を受けることが可能です。
休業が始まる段階で傷病手当金の制度を案内して手続きをサポートする姿勢を会社として示すことで、社員の安心感も高まるでしょう。
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