前編に引き続き、第一勧業信用組合(以下、第一勧信)理事長の新田信行さんのインタビューをお届けします。同組合の改革は、人事評価制度だけに留まりません。表彰基準の変更、人事処分の不行使、現場への権限移譲など、多岐にわたります。後編では、それらの具体策と効果、理想の組織像などについて聞きました。
【Profile】
新田 信行(にった のぶゆき)
第一勧業信用組合 理事長
1956年千葉県生まれ。1981年一橋大学法学部卒業後、第一勧業銀行(現:みずほ銀行)入行。みずほフィナンシャルグループ与信企画部長、みずほ銀行銀座通支店長、コンプライアンス統括部長を経て、2011年同行常務執行役員に就任。2013年第一勧業信用組合理事長に就任。多様なニーズに対応した独自のコミュニティローンの新設、専門相談員制度による人材育成、プロセス重視の人事評価など、さまざまな改革を推進。繰越損失を解消し、V字回復をはたす。2016年黄綬褒章を受章。著書に『よみがえる金融―協同組織金融機関の未来』(ダイヤモンド社)。
表彰を増やし、人事処分を減らし、権限を委譲する
―人事評価以外の改革について、具体的に教えてください。
まずは表彰基準を変えて、対象者の制限をなくしました。以前は相対評価だったので、表彰されるのは上位20%ほど。現在は絶対評価なので、一定の基準をクリアした店・グループ・個人をすべて表彰しています。ちょうど今日、半数の支店を表彰したところです。
さらに「戒告」「けん責」といった人事処分を減らしました。この6年間はゼロ。新たに「指導書」という段階をつくり、処分から教育に変えています。これらは幸せの因子「前向きと楽観」にもとづく施策。怒られるより、ほめられたほうが幸せですよね。
―現場への権限移譲も進めていると聞きました。
たとえば、従来は貸出の決裁権限を審査部がもっていました。すると、現場でスピーディーに判断できません。そこで、支店長の決裁範囲を広げました。だって、「審査部を通さないとわかりません」と保留したら、お客さんは不満でしょう? 現場で「ウチにやらせてください」と即答したら、きっと仲良くなれます。
また、支店内の権限移譲も進めました。たとえば、お客さんの提出書類の字が不明確なとき。従来は支店長の判断が必要でしたが、課長でもOKにしました。
―そういった権限移譲は一斉に行ったのですか?
いえ。職員の意見を聞きながら、段階的に進めていきました。私自身が毎日何十回とハンコを押しているので、少しずつわかってくるんです。これは支店や部長の判断でいいと。じゃないと、私の出張中に業務が停滞しますから。
金融業界の志望者が激減するなか、新卒応募者が1.5倍に
― 一連の組織・人事改革の後、どのような変化がありましたか?
明確に変わったのは新卒採用です。最近はメガバンクが大規模なリストラ計画を発表して、金融業界の人気はガタ落ち。志望者数の業界平均は昨年の70%くらいです。一方、当組合は昨年から50%増。退職者も減りました。心を病んでいる職員も極めて少ないと思います。
こういった変化が見えてきたのは、改革着手から2年後くらい。お客さんも「第一勧信が明るくなった」と言ってくれるようになりました。最近では、都内で廃業する中小企業の5割以上が黒字。いまや事業継続の重要指標は、収益よりも採用応募者と退職者の数でしょうね。
―第一勧信がめざす組織像を教えてください。
一人ひとりの人材が個性を発揮して、お客さんと対話する組織です。かつての高度経済成長期においては、指示命令型の組織が機能していました。同じ製品を大量生産するため、歯車としての人材が求められていたからです。
しかし、いまはプロダクトアウトの既製品が好まれない時代。そこで求められるのは、お客さんとコミュニケーション、創意工夫をこらせる人材です。その集合体であるネットワーク型の組織を当組合はめざしています。
―上意下達を基本としたピラミッド型の組織ではないと。
とはいえ、無政府的な※1「ティール組織」じゃありませんよ。支店長や課長といった役職を撤廃するわけにもいきません。1対1のコミュニケーションを大切にしながら、権限移譲を進めています。
※1:全メンバーに同等の権限と責任が与えられる自主経営組織。役職や上下関係は存在しない
表現を変えると、コア・バリュー経営ですね。これは中核的な価値観を軸にして、それにそった行動を従業員にうながすもの。たとえば「このお祭りに参加しろ」なんて、誰も指示していません。基本方針や評価制度を通じて、「お祭りに出たらほめる」というメッセージを発信しただけです。
なのに、2017年度の参加件数は619件(町内会行事などを含む)。後で数字を聞いて、ビックリしましたよ。4年前は年間100件以下だったので、驚くべき変化です。
―価値観の共有と権限移譲はセットなんですね。
みんなが想いを共有すると、動きも早くなります。たとえば「志の連携で社会に貢献します」という基本方針にそって、部長たちが全国の地銀や信用組合との連携協定を次々と締結。これも権限移譲の成果です。もしも私が一つひとつ吟味していたら、2年半でこんなに増えませんよ。
さらに、「競争」よりも「協創」を大切にしています。つまり、職員同士を比べるのではなく、みんなで協力して価値を創る。これは理想ですが、そういう組織に変えなければいけません。
だって、※2『ザッポスの奇跡』や※3『ホラクラシー』に記されているように、アメリカには先進的な事例がありますよね? 一方、日本企業の実践例はほとんどない。ましてや金融業界では皆無なので、私たちが挑戦するつもりです。
※2:コア・バリュー経営など、ザッポス社の経営革新を紹介した書籍
※3:上下関係のないフラットな組織、ティール組織の一形態。および同名の書籍
組織は共感が大事。一人ひとりの社員と向きあい、想いを伝えよ
―中小企業に求められる組織像について、経営者へアドバイスをお願いします。
組織ではなく、ぜんぶ一人ひとりです。だから、社長が1対1で社員と向きあって、想いを伝えてください。その想いに共感すると、みんな自走するようになります。「オレが指示しなきゃ動けないヤツばかり」なんてグチは、社長の責任転嫁ですよ。
人間はロボットじゃありません。自分のアタマで考えて、自分の意思で行動します。その際に「なにが大切なのか」「どう動いたらほめられるか」を共有していれば、どんどん自律的に行動する。そのほうが臨機応変に対応できるし、社員のパフォーマンスも上がります。結果として、創造する価値も大きくなるはずです。
―新田さんは「みずほ銀行」という巨大組織の要職を歴任した後、中小規模の「第一勧信」の理事長に就任しました。スケールが異なる組織を経験したからこそ、そういう考えに行きついたのですか?
大企業も自律的なネットワーク型の組織がいいと思いますよ。でも、人の心を変えるのは難しい。400人弱のウチだって苦労しているんだから、数万人の大企業は相当大変です。逆にいえば、数十人の中小企業はチャンス。図体の大きな恐竜よりも、小動物のほうが環境変化に適応できるでしょう。
―小規模な組織のほうが有利な面もあるわけですね。本日は勉強になるお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
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