近年、SCM(サプライチェーン・マネジメント)という言葉がよく使われるようになりました。企業のなかにはSCMの部署を設けたり、SCM専門の人材を確保したりしているところもあります。人事担当者としてもSCMの業務内容や、担当者に必要なスキルなどを知っておきたいところです。
そこで本記事では、SCMとは何か、注目される背景、業務内容、SCMを導入するメリット・デメリット、企業事例、SCM担当に向く人材などを解説します。組織作りや採用活動、人材育成などの参考にしてください。
SCM(サプライチェーン・マネジメント)とは?
SCM(サプライチェーン・マネジメント)を理解するには、まず意味や目的を知っておく必要があります。そもそもサプライチェーンとは何かを含めて解説します。
そもそもサプライチェーンとは?
サプライチェーンとは、原材料の調達から商品が消費者にわたるまでのプロセス全体です。例えば、メーカーにおけるサプライチェーンは「調達→生産→物流→販売→顧客」です。関係者の流れでみると「サプライヤー→メーカー→物流業者→卸売業者→小売業者→顧客」となります。
SCM(サプライチェーン・マネジメント)の意味
SCMとは、IT技術などを用いてサプライチェーン全体を統合的に管理して、最適化する経営管理手法です。主な目的はサプライチェーンの無駄をなくすことによるコストカット、発注から納品までのリードタイム短縮、および顧客満足度の向上などが挙げられます。
SCMの特徴は、仕入れ先や小売業者など自社以外のサプライチェーンを含めて最適化することです。この点が自社の物流を最適化する「ロジスティクス」や、ヒト・モノ・カネ・情報の経営資源を一元管理して最適化する「ERP」と異なります。
また、SCMは業務として取り扱われるのも特徴です。つまり必要に応じて実施されるプロジェクトではなく、月単位、週単位で改善サイクルを回す継続的な施策になります。
SCMが発展した背景
サプライチェーンは商いが成立した古代からありますが、なぜ近年になってSCMという概念が重視されるようになったのでしょうか。ここでは市場のグローバル化やデジタルテクノロジーの発展など、主な背景を5つ解説します。
市場のグローバル化
市場のグローバル化によって、SCMの必要性が高まりました。原材料の調達先や生産工場、販売する地域などが世界中に分散されるようになったためです。このためSCMは拠点や取引先が多い大企業ほど導入が進んでいる傾向があります。
従来は国内や自社の地域でサプライチェーンが完結するケースが珍しくありませんでした。しかし、グローバル化によって連携範囲は広く複雑化しており、SMCで全体を管理する必要性が生じています。
デジタルテクノロジーの発展
定量的なデータをリアルタイムで収集、分析しやすくなったことも、SCMが注目される背景です。
SCMは設備投資や取引先変更など重大な意思決定を伴うため、その根拠となる、精度の高いデータが欠かせません。手作業では限界があったデータ収集、分析がデジタル技術の活用で実現できるようになったため、SCMも運用可能な施策として取り入れられるようになりました。
具体的にはビッグデータやクラウドシステム、IoT(カメラやセンサーによるデータ収集)などが挙げられます。また、各種のマーケティングツールやAIによる自動解析技術などもSCMを支えています。
人手不足の解消
日本ではSCMによってサプライチェーン全体を最適化して人手不足を解消しようとする動きも広がっています。少子高齢化によって労働力不足が深刻な日本では、SCMによって無駄な作業を省き、効率化しようとする企業が増えました。
例えばSCMによって精度の高い需給予測ができれば、売れる商品数だけを生産できるようになります。また、配送ドライバーが不足している企業では、トラックの実働率を高められる配送管理システムを導入する事例が増えています。
販売と配送が一体したビジネスモデルの登場
メーカーやブランドが販売、配送まで一気通貫で行うビジネスモデルが増えたのも、SCMが注目されるようになった要因です。従来、メーカーやブランドは、卸業、小売業と取引するのが一般的でした。しかし、ECショップなどの直販手段を持てば、利益を最大化するためにサプライチェーン全体を最適化する必要が生じます。
また飲食店がフードデリバリーサービスと連携して、自宅に料理を届けるなど、販売と配送を連携するケースも増えています。こうした場合、取引先を含めてサプライチェーンを最適化するSCMが重要になります。
今後のSCMはどうなる?
予測不能な事態に柔軟に対応していくためにも、SCMが重要です。例えばメーカーは自社のCO2排出量だけでなく、取引先の排出量を含めて報告する動きが加速しています。これにより従来の管理手法では対応できなくなった企業が、SCMを導入するケースが増えています。
また、コロナ禍による流通停滞は解消されつつありますが、同じような事態が起こる可能性も否定できません。SCMを実施していた企業が影響を少なく抑えられたことから、ITツールやAIなどデジタル技術を用いてSCMを導入する動きが広がっています。
SCMの業務内容
ここではSCMの業務内容を、「予測・計画」「実行」「評価・モニタリング」「ネットワークデザイン」の4つのプロセスに分けて解説します。各プロセスはおおまかに、PDCAプロセスの「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(測定・評価)」「Act(改善)」に対応しています。
予測・計画
予測・計画のプロセスは、需給を予測して調達計画、生産計画、物流計画を立案する、SCMの最上位の施策です。予測・計画では自社の情報のほかに、取引先や顧客に関するデータも必要です。
例えばメーカーの場合、過去のデータからどの商品がどれくらい注文を受けるか予測し、欠品、在庫過多にならないような最適な生産数を計画します。また原材料の仕入れ可能量や工場の人員体制なども総合的に検討した最適な計画を立てます。
実行
実行のプロセスは予測・計画のプロセスで立案された計画にしたがって、実際に調達、生産、物流などを行います。例えばメーカーの場合、生産計画を守れるように人員を確保したり、必要な期日までに商品を出荷したりします。
実行プロセスはまた、需給予測のブレを吸収するプロセスです。予想より需要が多ければ残業でカバーしたり、配送スタッフを増員したりと調整しなければなりません。特に設備的制約が多い製造業では、実行プロセスがSCMの成功を大きく左右します。
評価・モニタリング
評価・モニタリングにおいては、予測・計画した内容と実行結果を比較して成果測定します。また、途中経過をモニタリングして、実行施策にフィードバックする場合もあります。
評価・モニタリングを実施するには、明確に評価できる指標が必要です。SCMの担当部署が管理するKGI(最終目標)と、KGIの達成に必要なKPI(中間目標)を生産部や営業部などに割り当てておきます。この際のポイントは、なるべく定量的な数値で測定することと、ITツールなどを用いてリアルタイムでモニタリングできる体制を整えることです。
ネットワークデザイン
ネットワークデザインは、生産や物流の拠点の数や配置、つなぎ方などを設計するプロセスです。例えば、リードタイム短縮のボトルネックになっている卸店を省いて直接小売店に届けるなどネットワークを改善します。
ネットワークデザインは全体のパフォーマンス向上のために実施する改善です。個々の現場改善と違うため、例えば支店の利益が落ちても全体の利益を優先する対策もあり得ます。
SCMのメリット
ここではSCMの導入メリットとして、コスト削減や在庫管理の最適化などを解説します。自社の課題解決にSCMを応用できないか検討してみてください。
運用コストを削減できる
SCMが有効に働くと生産コスト、在庫管理コスト、物流コストなどを削減できるようになります。必要な情報が共有されるようになり、全体で一貫した施策が行われるようになるためです。また、非効率な作業や資源の無駄遣いなども減ります。
例えば、需要拡大を早い段階で予測できれば、大量仕入れによって仕入価格を下げられます。さらに生産部署に対しては、前倒しで生産をスタートすることもできるでしょう。こうした対策がスムーズにできるのも、全体を俯瞰的に分析するSCMがあるためです。
在庫管理を最適化できる
SCMではサプライチェーン全体が、同じネットワーク上につながっています。したがって在庫管理も個別に管理するより大幅に最適化できます。
端的な例を挙げれば、オンデマンド販売です。顧客から注文を受けてから生産を始めるため、在庫を抱える心配がありません。
販売業者と緊密に連携してSCMを行えば、同じようなメリットを得られます。例えば小売店のPOSレジを自社の在庫システムと連携できれば、過不足ない在庫状態を維持できます。
人的リソースを最適化できる
SCMを導入すると、どこに人員を投入するべきか見極めやすくなります。SCMではサービスチェーン全体を一元的な情報で管理するため、人員が不足している工程を発見しやすいためです。
しかも、SCMでは自社以外のパートナー会社も含めて最適化を検討できます。仮に自社だけでは配送スタッフが足りない場合、パートナー会社を加えるなどの柔軟なネットワークデザインによって人的リソースを確保できます。
データ分析がしやすくなる
SCMは主にITシステムを用いて収集した定量的なデータに基づいて行われます。したがって社内の専門担当者が属人的に行っていた業務から脱却し、誰もがデータ分析しやすい環境に移行できます。
さらに蓄積した過去のデータは、今後のSCMの材料として活用可能です。例えばSCMの情報に基づく市場分析によって、精度の高い需給予測に役立てられます。
SCMのデメリット
SCMには多くのメリットがありますが、運用をスタートするまでハードルが高いのがデメリットです。ここではコスト面、業務提携面でのデメリットを解説します。
システム構築に高額のコストがかかる
SCMは、原材料の調達から商品が消費者にわたるまでの全プロセスに及ぶ施策です。専用のシステム、ソリューションの導入とネットワーク構築に高額の初期費用がかかります。またデータ保存やセキュリティー対策などで、ランニングコストがかさむ場合もあります。
システム導入にあたってIT知識を持つ人材も必要です。専門的な人材がいない場合は、ベンダーからシステム構築や運用のサポートを受ける費用がかかります。
関連企業に協力してもらう必要がある
SCMでは自社以外に関連会社に協力してもらう必要があります。この際、情報共有を断られることや、異なる商慣習があって意思統一できないなどの問題が起こりがちです。それ以前に、自社の部署間の意思統一で時間がかかってしまう場合もあるでしょう。
したがって、取引先との立場が弱い企業、トップダウン方式をとっていない企業、改革意識に乏しい企業などでは、導入が難航する場合があります。準備期間には余裕を持っておきましょう。
SCM導入の成功事例
ここではSCMを導入して成功した事例を4社紹介します。いずれも多くの企業が抱える課題を解決していますので、自社施策のヒントになるでしょう。
花王
花王は消費者の需要に応じて、スピーディーかつ効率的に商品を届けるためのSCMを積極的に進めてきました。中核となっているのはエンジニア集団です。「原材料調達→生産→物流→販売」の全プロセスの情報資源にアクセスして分析し、全体を最適化しています。特に需要予測技術の開発に強みを持ち、精度の高い在庫最適化を実現しています。
SCMを実施しやすいサプライチェーンを構築しているのも花王の特徴です。通常は1~3次卸店を中継するところ、花王では直接、小売店に商品を届けています。このため8工場で生産された1500アイテムが、24時間以内に納品できます。
トヨタ
トヨタでは不動在庫を可能な限り少なくするために、JIT(ジャストインタイム)という生産方式をとっています。JITは必要な物を、必要な時に、必要なだけ生産する方式です。
JITには緻密な生産計画が欠かせません。そこでトヨタは、商品管理カードに商品名、品番、保管場所などの詳しい情報を記入する「かんばん方式」を採用しました。「かんばん」の指示通り生産、管理すれば、状況を正確に把握しながら無駄なく行動できるのが特徴です。
かんばん方式は現場作業員が迷いなくSCMに参加できる仕組みといえるでしょう。現在では多くの企業が、かんばん方式を取り入れています。
トーハン
出版物の取次販売、物流業務を行うトーハンは、2005年に構築した「トーハン桶川SCMセンター」に代表されるSCMによって、長年成果を上げ続けています。物流の合理化に加えて、出版社・取次・書店が一元的に情報管理できるシステムを構築したことで、リアルタイムでの在庫、受発注状況の共有や需要予測の閲覧などを実現しているのが特徴です。
SCMによってリードタイムを短縮できたことで機会損失が少なくなり、出版社・取次・書店の3者は売上を向上できました。また、在庫切れ、重版待ちを回避することで、読者の利便性も高めています。
ファーストリテイリング
ファーストリテイリングは「無駄なものをつくらない、無駄なものを運ばない、無駄なものを売らない」というサプライチェーンの理想像を掲げています。同社のSCMの一つが、IoTを実現できるRFIDというタグを用いた、物流の徹底的な可視化です。
RFIDは生産段階から商品ごとに付けられるため、在庫管理や流通状況などサプライチェーンにかかわる情報すべてを管理できます。これによって世界中の経営者や社員、店舗はフラットにダイレクトにつながるようになりました。例えば物流分野では、不必要な入庫や保管作業が少なくなり、人件費削減を達成できたといいます。
SCM担当に向いている人の特徴
SCMに適任の人材とは、どのような特徴があるのでしょうか。ここでは主に採用活動や人員配置にかかわる人事担当者に向けて、SCMに必要なスキルや素質を解説します。
全体を俯瞰で見られる
SCM担当者には、全体を俯瞰で見られる能力が求められます。特定の拠点や一部分のネットワークに固執してしまうと全体の最適化ができないためです。
SCMでは自社以外のステークホルダーも対象になるため、なおさら視野の広さが必要です。取引先の選定やM&Aなどの投資判断を含む意思決定にかかわるケースもあり、経営者的な素質も求められます。
交渉力や営業力がある
SCM担当者は交渉役を担うケースがあるため、交渉力と営業力が必要です。例えばリスク回避のために仕入れ先を複数確保したい調達部門と、品質確保のために仕入れ先を1社に絞りたい生産部門の対立があったとします。このような場合、SCM担当者は両者の利害関係を整理して、全体を最適化する方向でまとめなければなりません。
また、SCMの予測・計画に基づいて調達・購買部門に関与する「開発購買」を担当する場合もあります。開発購買では低コストや安定調達などの目的を達成するために商談をまとめる営業力が必要です。
論理的思考力がある
課題の本質をつかむ論理的思考力もSCM担当者に求められるスキルです。経験や勘に頼るのではなく、定量的なデータを元に合理的な分析を行い、意思決定しなければならないからです。経営者に対して、コンサル的な立場で説明する場面もあります。この際もロジカルシンキングの力が役立ちます。
組織を横断したコミュニケーション力
SCM担当者には組織を横断して良好な人間関係を築けるコミュニケーション能力も必要です。行動原理や目標が違う各部門やパートナー会社をまとめるには、聞く力と相手の立場を踏まえて発言できるスキルが求められます。
加えて、人間的な幅も必要です。例えばSCM部署内のプログラマーはロジカルな会話を好むかもしれませんし、営業部では人間的な信頼関係を第一に考えるかもしれません。相手の個性に合わせて人間関係を築く能力が求められます。
SCMを通じてビジネスを大幅に改善できる
SCMはサプライチェーンの無駄をなくすことによるコストカット、発注から納品までのリードタイム短縮、顧客満足度の向上などを見込める施策です。対象がサプライチェーン全体にわたるため、導入、運用コストも高額になりますが、ビジネスを大きく改善できる可能性があります。
まずは自社のサプライチェーンの状況を調べて計画を立て、関連部署や取引先とのコミュニケーション体制を整えていきましょう。人事担当者には必要に応じて専門人材を採用したり、適任者を配置したりする役割が求められます。
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