「ゆるブラック企業」とは、労働環境に大きな問題はないものの、働きがいを感じられない企業です。エン転職の調査(※)によれば、ゆるブラック企業という言葉を知っている人は全体の43%で、このうち、ゆるブラック企業からの転職を肯定する人は、全体の76%にも上っています。企業としては、人材確保や従業員の生産性向上などの観点から知っておきたいワードといえるでしょう。
本記事では、ゆるブラック企業の定義や特徴、ゆるブラック企業が生まれている背景、就職先として避けられる理由、組織体質を改善するポイントなどを解説します。労働環境は改善できたものの、社員のスキルアップやモチベーション向上に課題を抱えている人事担当者や管理職の方はぜひご覧ください。
※出典:エン・ジャパン株式会社|社会人5700人に聞いた「ブラック企業・ゆるブラック企業」調査ー『エン転職』ユーザーアンケートー
ゆるブラック企業とは?
「ゆるブラック企業」とは、いわゆるブラック企業のような長時間労働やハラスメント、低賃金などの問題はないものの、従業員が働きがいを持てる環境が整っていない企業です。おおまかに言えば、ブラック企業とホワイト企業の中間的な企業といえるでしょう。
ただし、「ゆるブラック企業」は2020年ころから使われるようになった新しい言葉であり、厳密な定義はありません。そこで具体的なニュアンスを理解できるように、エン転職による「社会人5700人に聞いた『ブラック企業・ゆるブラック企業』調査」(※)における「勤めている企業がゆるブラック企業だと思う理由を教えてください(複数回答可)」というアンケート結果を以下に紹介します。
- 労働時間が適切だが、仕事で成長できないから(57%)
- 評価が上がりにくいから(48%)
- 仕事に見合った賃金だが、上がりにくいから(41%)
- 休みが多いから(15%)
※出典:エン・ジャパン株式会社|社会人5700人に聞いた「ブラック企業・ゆるブラック企業」調査ー『エン転職』ユーザーアンケートー
上記のように、ゆるブラックは「労働環境に問題はないが、やりがいや将来性を感じられない企業」というニュアンスを持った言葉です。
ゆるブラック企業が生まれている背景
ゆるブラック企業が増えている背景には、大きく分けて2つの要因があります。
一つは2019年4月から施行された働き方改革関連法案と、2022年4月から全企業に適用されたパワハラ防止法(正式名称:労働施策総合推進法)です。働き方改革関連法案においては長時間労働是正やダイバーシティ(人材の多様性、個性の尊重)などの内容が定められました。また、パワハラ防止法では、職場におけるパワーハラスメント対策やセクシュアルハラスメント対策、妊娠・出産・育児休業に関するハラスメント対策が企業の義務となりました。
これらによって、ブラック企業は法的に罰せられやすくなっています。しかし、一部の企業は法律を守っているものの、最終的な目的である誰もが生き生きと働ける労働環境の実現までに至っていません。その結果、多くのゆるブラック企業が生み出されています。
もう一つの要因は、終身雇用という考え方がなくなり、転職が当たり前の時代になったことで、労働者が求める雇用環境のレベルが高くなったことです。つまり、働きやすいことに加えて「スキルアップやキャリア形成がしたい」「自分の市場価値を高めたい」などの要求を満たす企業が求められています。
こうした人からみれば、働きやすいだけの企業はゆるブラック企業とみなされてしまうのです。ましてAIやロボットによって人の労働が補助・代替されつつある第4次産業革命渦中の現代では、労働者の危機感が強まっています。
ゆるブラック企業の特徴
ここからは、ゆるブラック企業の特徴をポジティブ面、ネガティブ面に分けて企業側の視点から解説します。
ポジティブな特徴
まずはポジティブな特徴を3つ解説します。
残業時間が短い
ゆるブラック企業では、長時間労働になりにくい傾向があります。いわゆるサービス残業はなく、時間外・休日・深夜手当などがしっかり支払われているのが特徴です。また、36協定に定められている原則として月45時間・年360時間の残業時間も守られています。
しかしこの残業が少ないメリットは、ゆるブラック企業と言われる要因でもあります。例えば、毎日定時で退社するように求められる職場では、「もう少し長く仕事に打ち込みたい」「ハードワークで早く成長したい」などと思う従業員は、物足りなく感じるでしょう。
ハラスメントが発生しづらい
ゆるブラック企業は、職場のムードが和気あいあいとしており、人間関係が良好であるのが特徴です。背景には、働き方改革推進によってダイバーシティが尊重されていたり、パワハラ防止法の順守によって理不尽な言動が抑制されていたりすることがあります。また、総じて業務量が適正で厳しいノルマがないため、ストレスを抱えている従業員が少ないことも関係しています。
離職率が低い
ゆるブラック企業は残業時間が短く、ハラスメントや人間関係の問題が発生しづらいため、離職率は総じて低くなります。
厚生労働省の調査をみると、離職理由として多い(※)のが以下の3つです。
- 職場の人間関係が良くなかった
- 給料の低さ
- 労働時間・休日などの労働条件が良くなかった
これらのストレスが生じにくく離職率が低いのが、ゆるブラック企業のポジティブな特徴の一つです。
特にプライベートの時間を大事にしたい人や「生活できるだけの給与をもらえればいい」と割り切っている人にとっては、ゆるブラック企業は居心地がよく、長く働きたい企業となるでしょう。
ネガティブな特徴
続いてゆるブラック企業のネガティブな面をみていきましょう。
従業員のモチベーションが低い
ゆるブラック企業の従業員は総じてモチベーションが低い状況にあります。理由の一つは、高い能力や創意工夫を求められる場面が少ないため、やりがいを感じられないからです。仕事に対するストレスが少ない反面、緊張感や刺激がない毎日になるため、モチベーションを失う人がいます。
また、従業員同士が和気あいあいとしており、競争意識が乏しいのも要因の一つです。人によっては出世競争や給与の差別化などがモチベーションになりますが、これらの要素がゆるブラック企業には乏しい傾向があります。
従業員のスキルが上がらない
ゆるブラック企業の従業員はプレッシャーを克服して一皮むける経験や、大きな失敗を糧にできる経験を積みにくく、スキルアップのスピードが遅いのが特徴です。ゆるブラック企業では、業務量や責任が過度にかかるとサポートされる傾向があります。また、チャレンジングな業務を割り当てられることや、上司や先輩から厳しく𠮟られる機会も少ないからです。
もちろん無用なストレスはなくすべきですが、スキルアップの機会も奪ってしまっているのがゆるブラック企業の特徴です。
将来性を感じにくく優秀な人から辞めてしまう
ゆるブラック企業の従業員は、自分のキャリアップのイメージを持てない傾向があります。前述したようにチャレンジングな業務を与えられないうえに、職場内の競争意識も乏しいため、自分の価値を高めにくいからです。
こうした認識が上司や同僚、部下に向けられると「人材が育っていない」と考えてしまい、企業の将来性も疑ってしまうでしょう。そのため、仕事への意欲があり優秀な人ほど、危機感を持って早めに辞めてしまう傾向があります。
ゆるブラック企業が敬遠される理由
ゆるブラック企業は仕事にやりがいや高収入を求める人から避けられる傾向があります。ここでは従業員側の意見や感想を交えながら、ゆるブラックがなぜ敬遠されるのかについて解説します。
専門性が身に付かず市場価値が上がらない
ゆるブラック企業ではスキルアップに繋がる実務経験を積みにくく、専門的な知識が身に付かないため、自分の市場価値を上げにくい傾向があります。このデメリットは将来転職を考える人にとっては、ゆるブラック企業を敬遠する理由になります。
例えば、転職によって年収アップを目指したい人や、自社の倒産リスクに備えて手に職を就けておきたい人などにとって、ゆるブラック企業は魅力的に映らないでしょう。「勤務年数の割にスキルが身に付かない」「知識や技能がアップデートされないため、いざというときに再就職できない」などと考える人がいます。
大幅な収入アップが見込めない
ゆるブラック企業は残業代による大幅な収入アップは見込めません。残業を自ら望むワーカホリックな人は減りましたが、経済的な観点から残業を望む人は多いからです。「楽なのはいいが、同世代に比べて収入が少ない」「趣味や遊びに回せるお金がなく、プライベートを充実できない」などと考えて、ゆるブラック企業を避ける人がいます。
また、結婚や出産・育児、住宅購入などのライフイベントを控えた世代でも、ゆるブラック企業を避ける人が少なくありません。例えば、「子どもの将来のために貯蓄を増やしたい」「年収アップしないと結婚できない」などの理由で離職する人がいるのです。ゆるブラック企業では定型業務が中心で、長年勤めても給与が大幅に上がる見込みがないため、将来に不安を覚えて離職する人がいます。
チャレンジができずやりがいを感じづらい
ゆるブラック企業は厳しいノルマやプレッシャーがなく働きやすい反面、バリバリ新しいことにチャレンジしたい人にとっては敬遠される傾向があります。ゆるブラック企業では、月の残業時間の上限や、業務範囲・責任などが明確に定められていることから、自身の役割以上のチャレンジをしにくい傾向があるからです。
このためゆるブラックは、仕事を鍛錬の場と考えて自ら厳しい環境に身を置きたい人から避けられる傾向にあります。また、ゆるブラック企業に勤めている従業員の中には、「仕事はつらくないが、成長している実感がない」「毎日同じ仕事でつまらない」などの理由で離職する人が多いのが特徴です。
頑張りが評価されづらい
ゆるブラック企業は、勤続年数がある程度長くならないと昇格しにくい傾向があります。業務に高度なスキルを求められない分、自分の能力をアピールして高い評価を得にくいからです。人事評価でも差を付けにくいので優秀な人が登用されることも少なく、年功序列型の人材配置になりやすいでしょう。
また、ゆるブラック企業の人事評価では、全体の評価が甘くなる「寛大化バイアス」や、評価が中央(5段階評価なら3)に集まる「中央化バイアス」が働きやすい傾向があります。また、成果を出せなかった人に厳しい指導がない反動で、成果を出した人を他の人と比べて評価しにくい雰囲気もあります。
つまり優秀な人からみれば、ゆるブラック企業は「頑張っても評価されない企業」「実力主義ではない企業」であり、敬遠される対象です。
ゆるブラックから脱却するポイント
ゆるブラック企業にみられるネガティブ面を払拭して魅力的なホワイト企業になるには、どのような対策が効果的なのでしょうか。ここでは主に人事部や管理職の方に向けて、具体的な施策例を挙げながら解説します。
「働きやすさ」と「働きがい」の違いを認識する
施策を立案するにあたって、しっかり区別しておきたいのが「働きやすさ」と「働きがい」の違いです。というのも、ゆるブラック企業では「働きやすさ」の施策は十分であるのに対して、「働きがい」の施策は不十分であるからです。
2つの違いを以下の表に示します。
働きやすさ | 働きがい |
・残業時間が少ない ・福利厚生が充実している ・ハラスメントが発生しづらい など | ・経営理念と従業員の成長ベクトルが一致していて、やりがいを持ちやすい ・研修や自己啓発などスキルアップの支援が充実している ・能力や成果が正しく評価される人事評価制度が整っている ・従業員の自律的なキャリア形成が尊重されている など |
ゆるブラック企業は労働環境に大きな問題はないため、従業員が働きがいを感じる施策を推進するべきです。次項から紹介する施策も、すべて働きがいの向上に関する施策です。
会社の経営理念や目標を浸透させる
従業員が日々の業務にやりがいや誇りを持つためには、企業理念や目標への共感が不可欠です。従業員が「何のために自分の仕事があるか」「自分の業務がどのようにイノベーション創出や社会貢献につながっているか」などを理解することで、モチベーションを高められます。また、企業が目指すゴールをイメージできるので、ゆるブラック企業の従業員が抱きやすい将来性に対する不安も減らせます。
代表的な施策は次のとおりです。
- 経営理念や目標の共有、共感を重視した浸透研修
- 経営層が現場を回って対話するタウンホールミーティング
- 経営理念や目標貢献に合致した活動をした従業員を表彰するイベント
- 社内報、社内SNSによる周知徹底、望ましい活動の報告など
経営理念や目標の浸透には時間がかかるので、継続的に実施していきましょう。
従業員の目標設定を明確にする
従業員に対して具体的で測定可能な目標を立てることも重要です。漠然とした目標では達成感を得にくいため、上司が部下と話し合いながら短期的な目標、中長期的な目標を明確にします。
適切な目標設定にするためには、以下のようなフレームワークの活用が効果的です。
- SMART:Specific(具体的)、Measurable(測定可能)、Achievable(達成可能)、Relevant(組織目標との関連性)、Timely(期限が明確)の観点で目標を設定する手法
- MBO(Management by Objectives):組織の目的、目標に沿った個人目標を設定し、達成度を評価する管理手法
- OKR(Objectives and Key Results):従業員全体に連携した目標を設定し、進捗を管理する手法
上記の手法については、以下の記事で詳しく解説しています。
研修やスキルアップ支援制度の充実
研修やスキルアップ支援制度も重要です。ゆるブラック企業では「スキルが上がらない」「業務範囲を広げられない」という悩みを持つ従業員が多いため、スキルアップ支援制度を拡充していきましょう。
具体的には次のとおりです。
- 新人研修や管理職研修などの各種研修の充実
- 資格取得のためのスクール費用や受験費用などの補助
- リスキリング(DXに対応できるようにデジタル技術を学び直してもらうなど)
これらの施策で重要なのは、企業側から押し付けるのではなく従業員主体で取り組める制度にすることです。
評価・昇給・昇進などの評価制度の見直し
従業員から「成果を出したのに評価されない」と不満を持たれないようにするには、公平で客観的な人事評価および昇給・昇進制度が必要です。
はじめに明確にしなければならないのは、自社の評価基準です。会社の経営理念や目標に沿って、どのような人材を求めているか周知します。併せて、客観的な指標によって業績を評価できる仕組みも欠かせません。
こうした取り組みをするとなると、従来に比べてきめ細やかな人事評価が必要です。そのため、経歴やスキル、業績評価に関するデータ、キャリア形成の希望といったあらゆる人事データを一元的に集約できるITツール「人事評価システム」を導入する企業が増えています。従業員の頑張りをしっかり反映させられるシステムがあれば、モチベーションや働きがいの向上につなげられるでしょう。
自律したキャリア形成ができる制度を整える
自律したキャリア形成を支援する制度があると、従業員は主体的に仕事に取り組めるようになります。従業員の希望に合った業務やポジションをアサインできるようになるため、ポテンシャルを最大限引き出して、パフォーマンスを向上させられるでしょう。
具体的な施策は以下のとおりです。
- キャリアカウンセリング:従業員にキャリア形成を考えてもらう場。上司や先輩社員、外部のキャリアカウンセラーなどが支援する
- キャリア面談:仕事上の悩み相談や、従業員が希望する業務と組織が与える業務とのマッチング、共通目標の設定など多様な目的で行われる面談。上司や人事担当者が1対1で対応するのが一般的
- 社内FA制度:従業員が希望する部署に異動できる制度
- 社内副業の許可:従業員が所属する部署以外の業務をすることを認める制度
キャリア形成支援の施策では、上司や人事担当者の面談・指導スキルも求められるため、担当者に対する研修も併せて実施するとよいでしょう。
総括
労働環境や人権尊重に対する意識の高まりとともに、ブラック企業は減ってきています。しかしそれに伴い、労働環境に問題はないけれども働きがいを感じられないゆるブラック企業が新たな問題としてクローズアップされてきました。
もしも自社がゆるブラック企業の特徴に当てはまっているなら、何らかの対策をしなければ、向上心の高い優秀な従業員が離れていってしまいます。働きがいを高めるための施策を充実させて、ゆるブラック企業からホワイト企業へと変えていきましょう。
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