人的資本とは、人材が持つ能力を「投資によって価値を高められるもの」と考えた呼び方です。労働市場の変化や投資家からの視線などを受け、人的資本は企業経営において注目を集めています。
人的資本や人的資本経営の定義や重要性、人的資本の価値を高める具体的な方法について確認していきましょう。
人的資本とは?
人的資本とは人材が持つスキル・ノウハウ・知識のことを指し、投資によって伸ばせるものとされます。
アダム・スミスが「国富論」で、時間と労力をかけて教育された人材を高度な機械になぞらえたことが起源です。
人的資本とは何なのか、より詳しく見ていきましょう。
人的資本の定義
人的資本については各所でさまざまな定義付けがされており、統一された定義はありません。
OECD(経済協力開発機構)の2001年の報告では、人的資本は「個人的、社会的、経済的厚生の創出に寄与する知識、技能、能力及び属性で、個々人に備わったもの」とされています。
人的資本と人的資源との違い
人材が持つ能力は、かつては人的資本ではなく人的資源と表現されることが多くありました。両者の違いは次のとおりです。
- 人的資源はコスト(人件費など)をかけ、企業経営のために消費していくもの
- 人的資本は教育費などを投資して価値を向上させながら、企業経営のために活用していくもの
人的資源は獲得当初から価値が目減りすると考えられるのに対し、人的資本は投資によって獲得当初よりも価値を高められると考えられているのです。
有形資本と無形資本
資本には有形資本と無形資本があります。有形資本に該当するのは、株式や建物、施設など形のあるものです。
人的資本は人の能力という形のないものを指すため、無形資本に分類されます。
人的資本経営とは?
従業員の能力を資源ではなく資本として考え活用する経営手法を、人的資本経営といいます。
具体的にどのような経営手法なのか、従来の経営手法とは何が違うのか詳しく見ていきましょう。
人材を資本と捉える経営手法
人的資本経営とは、人の能力を資本として捉える経営手法です。
人的資本経営では、人材の価値を向上させて企業への貢献度を高めることで、中長期的に企業の価値を高めることを目指します。
従来の経営と人的資本経営の違い
従来の経営では、人材は設備や道具のように「あらかじめ備わった価値しか提供できず、消費していく資源」と考えられます。
教育費や人件費は設備でいうところの初期投資・維持費のようなものであり、コストでしかありません。よって、人材にかけるコストを抑え効率良く使おうとする考え方が強くありました。
一方、人的資本経営では人材は「投資によって価値を高められる資本」と位置づけられます。
「コストをかければそれ以上のリターンが得られる」という投資の考え方により、かけるコストを減らすのではなく、いかに人材の価値を高めるかが重視されます。
人的資本経営が注目される理由
近年注目度が高まっている人的資本経営ですが、なぜなのでしょうか。その理由を確認していきましょう。
人手不足と技術革新
現在日本では、少子高齢化による人手不足が問題になっています。また、技術革新によってDXが推進されていますが、そのために必要な高度なスキルを持つデジタル人材も不足している状態です。
こうした状況下で、企業は外部からより価値ある人材を採用しにくくなっています。そこで、今確保できている人材の価値を見直し、最大限に活用する「人的資本経営」の重要性が高まり注目を集めているのです。
人材や働き方の多様化
日本では近年、外国人従業員や非正規雇用の増加、リモートワークの普及といった変化がありました。
これを受け、従来のような画一的な人材管理では十分な経営が立ち行かなくなってきています。一人ひとりの状況や働き方に合わせたアプローチによって、各自の能力を最大限に引き出す必要性が高まっているのです。
こうした点からも、人材の価値を最大化させながら活用する人的資本経営の考え方が注目されています。
ESG投資の重要性が高まっている
ESG投資とは、企業が行う環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への取り組みを評価して投資先を決める投資方法です。
2006年、国連はESGの視点を取り入れた投資を機関投資家の投資原則とする旨を提唱しました。それ以来、ESG投資が重要視されています。
人的資本の活用は、このうち「社会」に該当します。 ESGの取り組みをおろそかにして投資家からの投資を受けられなければ、企業は資金調達に行き詰まってしまいます。
こうした流れを受けて人的資本経営が注目されているのです。
投資家が無形資産を重要視するようになった
ESG投資にも関連してきますが、投資家が無形資産を重要視するようになったことも、人的資本経営が注目を集める理由です。
これまで投資家は投資先を決める際、数字として把握できる財務情報を重視していました。しかし、ESG投資の浸透に伴い、無形資産に関する情報も重視されるようになりました。
日本では令和5年3月31日以後に終了する事業年度の有価証券報告書などに対し、人的資本の情報開示が義務付けられます。
人的資本経営が注目されている背景には、こうした流れもあるのです。 人的資本の情報開示については、本記事内で後ほど改めて解説します。
人的資本経営のメリット
人的資本経営を行うことで企業側にどのようなメリットがあるのか、解説します。
従業員の能力が可視化される
人的資本経営では、スキルや経歴などが異なる従業員それぞれの能力を最大化させます。そのためには、各自の能力を把握し、随時確認しなければなりません。
よって、人的資本経営を通じて従業員の能力が可視化されるようになります。これにより効率的な人材配置も可能になるため、より従業員のパフォーマンスを高めることができるでしょう。
新たに人材を採用する際も、無駄のない採用活動ができます。今の従業員たちに不足している知識やスキルが可視化されることで、「本当に必要な人材とはどのような人か」を明確にできるからです。
生産性の向上が期待できる
人的資本経営を行うことで、今いる従業員がより効率良く仕事をこなせるようになったり、より良い業績を残して多くの利益を生み出したりすることが期待できます。
今いる従業員の生産性が向上すれば、採用コストをかけて新たな従業員を採用する必要もなくなるため、企業にとっては大きなメリットとなるでしょう。
従業員のモチベーションが上がる
人的資本経営には、従業員のモチベーションを高めるメリットもあります。
最適な人員配置や効果的な教育によって従業員が自身の成長を実感できれば、より意欲的に仕事に取り組むようになるでしょう。
また、会社に対して「成長できる環境が整っている」「自分たちに投資を惜しまない会社だ」と感じれば、エンゲージメントが高まります。モチベーションがアップするだけでなく離職率も下がり、優秀な人材を確保しやすくなるメリットもあります。
投資家に注目されやすくなる
先述の通り、人的資本経営をしているかは投資家の投資先選びでも重視されます。
人的資本投資の取り組みが評価され多くの投資家に注目されれば、それだけ多くの資金が集まります。
資金が集まれば、新たなサービスや事業を立ち上げて企業をさらに成長させることもできますし、より効果的な人的資本経営を行うことでさらに企業の生産性を高めることもできるでしょう。
人的資本経営のデメリット
人的資本経営にはデメリットも存在します。どのようなものがリスクとなり得るのでしょうか。
実現に時間がかかる
人的資本経営のデメリットの1つは、実現に時間がかかることです。
人的資本経営を実現するには、従業員一人ひとりのスキルや経験を整理して把握し、それをもとに人材配置を考えたり人材育成のプランを立てたりしなければなりません。
さらに人材配置の変更、人材育成の実施をして効果が出るまでには、長い時間がかかります。
また、人的資本経営では年功序列・終身雇用といった従来の制度も変更する必要があり、短時間で実現するのは困難です。
膨大なコストがかかる
人的資本経営の実現には、コストもかかります。
人的資本経営は「人材に投資することで投資した以上のリターンを得る」という考えに基づきます。よって、まずは従業員情報の一元管理のために新たなツールを導入したり、人材育成プランの開発・実施をしたりするためのコストがかかるのです。
人材資本経営に知見のある人材を新たに採用するケースもあるでしょう。
成果が約束されていない
コストと時間をかけて人的資本経営を導入しても、思った通りの成果が得られるとは限りません。
組織文化や評価制度・教育制度などが変わることで従業員からの反発を受けることもあります。また人的資本経営の方法はさまざまなので、なかなか自社に合った方法が見つからず失策が続くことも考えられます。
人的資本経営に必要な3つの視点と5つの要素(3P・5Fモデル)とは?
3P・5Fモデルとは、人的資本経営に必要な3つの視点と5つの要素をまとめたフレームワークです。
3つの視点と5つの要素とは、それぞれ次のものを指します。
- 3つの視点(Perspectives):人的資本経営を行うための人材戦略を練る際に必要な視点
- 5つの要素(Factors):人的資本経営の実現にあたり、どの企業でも取り入れるべき要素
3P・5Fモデルは、経済産業省の「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」に詳しくまとめられています。
ここではその内容を、わかりやすく紹介します。
人的資本経営の戦略に必要な3つの視点(3P)
1.経営戦略と人材戦略の連動
人的資本経営は、人材の価値を最大化することで企業の価値を高めます。人材の育成をしてスキルが高まっても、そのスキルが今の企業にとって不要なものであれば意味がありません。
よって、企業としてどのような目標を達成したいかという経営戦略の視点と連動した人材戦略を立てる必要があります。
2.目標と現状のギャップの定量把握
人的資本経営では、目標(To be)と現状(As is)のギャップを定量的に把握する視点も必要です。
目標達成のために現状何がどれくらい足りないのか、そのためにはどのようなことをすべきなのかが分かれば、そのために必要な人材も明確になります。そこから逆算して人材戦略を考えれば、効果的な人的資本経営ができるのです。
3.企業文化への定着
人的資本経営では、企業としての存在意義や企業理念などが企業文化として従業員の間にしっかり定着しているかも、重要なポイントです。
いくら企業のトップや人事が人的資本経営を意識した人材戦略を立てても、従業員が企業文化に共感しておらず人的資本経営の方針についていく気がなければうまくいきません。
企業文化を定義し、それを従業員の行動や姿勢に紐づける視点も必要なのです。
人的資本経営の戦略に必要な5つの共通要素(5P)
1.動的な人材ポートフォリオ
動的な人材ポートフォリオとは、現在企業内のどの部署にどのようなスキルを持った人材がいるのか、企業内の人材構成をまとめたものです。人材のスキルや人材配置はその時々で変わるため、「現在の」人材構成という意味で「動的な」人材ポートフォリオと呼ばれます。
動的な人材ポートフォリオを把握していれば、適切な人材配置や人材採用の戦略を立てやすくなります。
2.知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
知・経験のダイバーシティ&インクルージョンとは、さまざまな知識や経験を持つ従業員を採用し、企業内の人材構成に多様性を持たせることを指します。
価値観や専門性、出身国などが違う多様な従業員がいれば、ビジネスを取り巻く環境が変わっても対応しやすくなります。また、従業員同士の関わりの中で新たな発見・気づきが生まれ、イノベーションが起こることも期待できます。
3.リスキル・学び直し
従業員のリスキル・学び直しを促進することも重要です。
企業としては、従業員に学習環境を提供したり、リスキル・学び直しの成果を報酬に反映させたりといった支援をする必要があるでしょう。
また、経営者自身もリスキル・学び直しをしてDXなどの新しい流れに適応することが重要です。
4.従業員エンゲージメント
従業員のエンゲージメントを高められれば、従業員のモチベーションが向上し成長速度が上がったり、離職率が下がったりします。人的資本経営の実現も大きく前進するでしょう。
従業員のエンゲージメントを高めるには、企業と従業員の信頼関係を築き、やりがいの感じられる職場環境を整備することが必要です。
企業と従業員が同じ方向に向かって働けるよう、経営者など企業のトップが積極的に情報発信したり、従業員と対話したりすることもポイントです。
5.時間や場所にとらわれない働き方
在宅勤務やリモートワークなど、時間や場所にとらわれない働き方ができるよう環境を整えることも必要です。
時間や場所にとらわれない働き方ができるようになれば、子育てや介護がある従業員、家庭の事情で引っ越さなければならない従業員、海外に住む従業員など多様な人材が力を発揮しやすくなります。
非対面で働く場合のマネジメント方法やコミュニケーション方法についても考える必要があるでしょう。
人的資本を高め企業価値向上を図る方法
企業が人的資本を高めるためには、何をすれば良いのでしょうか。3つの方法を紹介します。
戦略人事を推進する
戦略人事とは経営戦略の実現に向けた施策の一環として、人材育成・採用をすることです。経営戦略を明確化し、その実現にコミットできる人材を増やします。
この手法は、人材を資本と考えその価値を最大化することで企業価値の向上を目指す、人的資本経営とも合致します。
人材育成の強化
人材育成の強化も、人的資本経営に欠かせないポイントです。単に外部から優秀な人材を採用することで企業価値を高めても、それは人材を資本と捉えた経営とはいえません。
どうすれば効率良く人材のスキルアップを図れるのか、従業員が意欲的かつ自発的に成長していけるのかを考え、人材育成を強化する必要があるのです。
HRテックの導入・活用
HRテックを導入・活用すると、より効率的に人的資本経営を推進できます。
人材を資本と考え適切な投資をしていくには、まず各人材の状況・スキルなどを把握しなければなりません。
HRテックを使えば、人事情報の一元管理ができます。従業員のスキルや人材ポートフォリオが可視化されるため、人材配置や研修、従業員のモチベーションを高める人事評価などを効率的に検討できます。
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人的資本の情報開示が義務化される
本記事でも少し触れましたが、ESG投資の重要性の高まりを受け、日本では上場企業を対象に2023年から人的資本の情報開示が義務化されます。
世界に目を向けると、ヨーロッパでは2014年から、アメリカでは2020年からすでに人的資本の情報開始が義務化されており、日本はこの流れに追いつく形となるのです。
日本においては以下の5項目が、開示義務の対象とされます。
- 人材育成方針
- 社内環境整備方針
- 女性管理職比率
- 男性の育児休業取得率
- 男女間賃金格差
他にも開示が望ましいとされる項目もあり、どのような情報をどのように開示するかを戦略的に検討することが重要です。
詳しくは以下の記事で解説しているので、ご確認ください。
人的資本を高めて企業価値を向上させよう
人材を投資の対象である資本として考えて価値を最大化させる人的資本経営には、従業員のスキルやパフォーマンス、エンゲージメントが向上して企業価値が向上するというメリットがあります。
しかし、実現までに時間やコストがかかったり、成果が出るとは限らなかったりするデメリットもあります。
3P・5Fモデルを意識した施策やHRテックを導入することで、人的資本を高めて企業価値を向上させていきましょう。
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