名目賃金とは現金給与総額を指し、一般的に目にするような額面で示される賃金です。日本国内では、企業側も労働者側も名目賃金を重視する傾向にあります。
しかし、物価が変動する状況においては、経営者や人事担当者は物価変動の影響を考慮した「実質賃金」にも注目する必要があるのです。
今回は、名目賃金の意味や実質賃金との違い、名目賃金の推移や海外との比較を紹介します。
名目賃金とは
名目賃金とは、貨幣額で示された賃金を指します。つまり、賃金の額面そのものが名目賃金であり、賃金額が30万円であれば名目賃金も30万円で、3000米ドルであれば同額が名目賃金です。
原則的に、名目賃金は雇用契約による労働の対価として、金銭によって支払われた賃金額のみを指します。
通常、労働の報酬には無料の社員食堂や特別休暇、社員旅行といった福利厚生もあり、報酬の形は金銭とは限りません。
しかし、こういった労働者向けのサービスは賃金には含まれず、名目賃金として計算されないのが一般的な認識です。
実質賃金との違いは?
実質賃金とは、物価の変動を考慮した賃金です。
貨幣は財・サービスや商品などの価格を示す役割があり、店頭の商品や金・原油といったコモディティの価格は「10円」「1米ドル」といったように貨幣額によって表されています。
しかし、そういったお金で示された財・サービスの価値は絶対的なものではありません。貨幣の価値もモノの価値もその時々によって相対的に変動しており、額面の指す価値は一定ではないのです。
例えば、モノの価値が高まり貨幣の価値が下がるという物価上昇が起これば、同じ100円でも購入できるモノが減ることになります。
賃金は日本円や米ドルといった通貨(貨幣)で支払うものです。そのため、賃金の価値は変動することになります。
例えば、名目賃金は同じ金額であっても、物価上昇(インフレーション)が起これば実質的な賃金価値は下がり、物価下落(デフレーション)が起これば賃金価値は上がるでしょう。
そこで、名目賃金に対して物価上昇率の影響を差し引いて、実質的な賃金価値を示すものが実質賃金なのです。
賃金指数と実質賃金指数とは
賃金指数とは、賃金額を指標化した数値です。主に統計調査やレポートなどで、数値を単純化して比較しやすくする目的で用いられます。
例えば、ある時点の賃金額を100ポイントとして、その100を基準にして前後の賃金がどのように変動したのかを示すのが主な使い方です。
基準年の賃金に対して翌年に1%増加した場合は101、1%下落した場合は99と表します。
実質賃金指数とは、実質賃金をこのような方法で指数化したものです。実質賃金指数を作成したり分析したりする場合は、名目賃金から物価変動の影響を差し引いて考える必要があります。
仮に、名目賃金を指数化する場合は、賃金の額面だけを比較すれば良いので考え方は単純です。
一方、実質賃金は名目賃金から物価上昇率の影響を除いたものなので、実質賃金指数も物価の影響を相殺した数値だと理解する必要があります。
物価水準と名目賃金の関係
物価水準と名目賃金は密接な関係にあります。
例えばインフレが発生すると、基本的にはそれに伴って名目賃金も上昇します。これは、インフレの状況においてはモノやサービスに比べて貨幣の価値が下がるためです。
一方、デフレが発生すると名目賃金は減少する傾向があります。これはインフレとは逆に、モノやサービスに比べて貨幣の価値が上がることが理由です。
ところで、企業側にとっては、従業員への賃金はコストであって、インフレで名目賃金が上昇すると負担が増えてしまう一方、デフレで名目賃金が減ると負担が減るので喜ばしいという考え方があります。
これは、労働者側にとってはインフレで名目賃金が上がるのは好ましく、デフレで名目賃金が下がるのは厳しいという考え方と同じです。
しかし、これは必ずしも正しい考え方ではありません。名目賃金はあくまでも現金の支給額であって、貨幣の価値は物価によって変動するからです。
例えばインフレのケースを考えましょう。インフレでは名目賃金も上昇する傾向がありますが、仮に給料が上がったからといって、国全体の物価水準も上がっている状況では、ただちにお金の使い道が増えるわけではありません。
つまり、名目賃金はあくまでも額面に過ぎないので、実質的な賃金価値は物価の影響を差し引いた実質賃金で考える必要があるのです。
企業として労働者に報酬を支払う際も、その絶対額ではなく、周りの物価水準と比較しながらその賃金額の価値を見極める必要があります。
名目賃金の現状と推移
2014年以降、名目賃金は上昇傾向を保っていましたが2019年には減少に転じました。ここでは、名目賃金の動向について紹介した上で、その要因も解説します。
1.2018年までは緩やかに伸びていた
厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、一般労働者とパートタイム労働者を含む就業形態の合計値では、2014年から2018年まで名目賃金(現金給与総額)は5年連続で緩やかに上昇を続けてきました。
2013年には月額当たり31.4万円だった名目賃金は、2018年には32.3万円に伸びています。 この上昇を支える要因となったのは「一般労働者」(短時間労働者以外の労働者を指す)の名目賃金の増加です。
2012年から2018年の名目賃金について、パートタイム労働者は9.7万円から10.0万円への微増だったのに対して、一般労働者は40.2万円から42.3万円への伸びでした。
これは一般労働者の所定内給与が緩やかに伸び続け、さらに季節によって特別給与が上乗せされたことが背景にあります。
2.6年ぶりに前年比でマイナス
2014年以降、緩やかな上昇を続けてきた名目賃金ですが、2019年は6年ぶりに減少に転じました。
厚生労働省が2020年2月に発表した毎月勤労統計(速報値)によると、2019年の現金給与総額の月平均は32.3万円で、2018年に比べると0.3%の下落幅です。
内訳としては、基本給に当たる所定内給与は0.1%のマイナスであるのに対して、時間外労働や休日勤務などの所定外給与は0.8%も減少していました。
3.働き方改革による残業規制などが要因
2019年の名目賃金が減少した要因としては、働き方改革や生産性向上の取り組みが挙げられます。
2019年4月には働き方改革関連法の順次施行がスタートしました。この法律には時間外労働時間の罰則付き上限規定や、年次有給休暇の取得義務が盛り込まれています。
これまでは長時間労働が当たり前だった企業でも、労働時間の上限を超えないことが厳しく求められるようになりました。
結果として、多くの企業が時間外労働や休日出勤の削減を推進して労働時間が減少するようになり名目賃金のダウンにつながったようです。
4.パートタイム労働者の増加も要因
2019年の名目賃金が減少したことについて、もう1つの要因として考えられるのがパートタイム労働者比率の増加です。
当然ながら、一般労働者とパートタイム労働者とでは名目賃金に大きな差があります。先述した2018年の名目賃金のデータでは、一般労働者は月額42.3万円であるのに対して、パートタイム労働者は10.0万円でした。
つまり、雇用形態合計のうちパートタイム労働者比率が増加すればするほど、全体の名目賃金は減少することになります。2019年1月以降はパートタイム労働者比率が上昇しており、このことが名目賃金の下押し要因だと考えられるのです。
海外との名目賃金の比較
海外と比較すると、日本国内の名目賃金の伸び率は低迷してきました。
OECDは、1995年から2012年までの各国の名目賃金の推移データをまとめています。この資料は1995年の名目賃金を100ポイントとした上で、その後の変動を賃金指数として示す形式です。
それによると、日本は1995年から2000年までは微減傾向であった数値が2000年以降は右肩下がりを続け、2012年は87.0ポイントにまで落ち込んでいます。
一方、ユーロ圏は右肩上がりの上昇を続けてきました。2008年にはリーマンショックがありましたが、そういった経済危機に直面しても大きな落ち込みを一度も見せることなく、2012年には149.3ポイントにまで上昇しているのです。
米国ではさらに大きな上昇幅です。リーマンショックの時期には横ばい状態になったものの、それ以外は毎年大きな伸びを続け、2012年は180.8ポイントに達しています。
なお、日本は経済全体の物価が伸び悩む中、ユーロ圏や米国では名目賃金とともに物価も上昇してきました。
そのため、欧米の名目賃金が伸びているからといって、単純に実質賃金も上昇しているとは限りません。
しかし、データで比較すると、日本と欧米では名目賃金の伸び率に大きな差があるのが現実です。
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