企業の成長戦略の一環として、社長(CEO)や経営幹部の後継者を抜擢・育成するサクセッションプランが注目されています。
一般的なルートによる昇進とは異なり、現役の経営層が人材育成に濃く関与するのが特徴です。後継者不在のリスクを回避しながら、新たな経営視点により商品・サービスの差別化を図り、企業の若返りも実現できる可能性も秘めています。
サクセッションプランを導入した大手企業の実例を参考にしながら、自社で導入する手順や期待できるメリットについて解説します。
サクセッションプランとは
サクセッションプラン(Succession Planning)は「後継者育成計画」と訳される言葉で、企業にとっては承継(succession)、従業員にとっては出世(success)という意味が含まれています。
2000年代に入り、後継者問題が企業存続の重要課題であると認識され始め、人材育成計画の一環として生まれた考え方です。
人事評価の結果などを活用し、企業の経営層が主体となって将来の経営者(後継者)候補を見極め、育成する計画です。
近年では、企業の若返りや経営革新、新しいビジネスの展開を目指して、計画的に幹部候補を育成することをサクセッションプランと位置づける企業もみられます。
サクセッションプランの目的
サクセッションプランの大きな目的は、後継者候補を計画的に育成して、企業の存続リスクを軽減しながら持続的成長を図ることです。
持続的成長による企業価値の向上を通じて、ステークホルダーはもちろん従業員満足度(ES)を高める効果も期待できます。
「コーポレートガバナンス・コード」の中でも、取締役会の役割と責務として企業価値の向上と、経営戦略を踏まえた後継者候補の育成が計画的に実施されるように監督を行うべきと定められています。
後継者不在を原因とするM&Aを回避し、企業の独自性を長期にわたり保ち続けるためにも有効です。
また、優れたパフォーマンスを持つ従業員が昇格できるチャンスを提供することで、長期勤続と実力発揮へのモチベーション向上も見込まれます。
サクセッションプランの効果とメリット
サクセッションプランを導入することで、幹部社員への昇格基準が明確になると同時に、既存社員の上昇志向(出世意欲)を引き出し、社内の活性化をもたらします。
腰を据えて後継者候補・幹部社員の育成に取り組む方針を示すことで、優れた人材の外部流出防止にも効果的です。
1.人材登用基準の見える化
サクセッションプランを策定する中で、経営者候補や幹部社員の選抜要件を明確にするプロセスをたどります。
経営を担う人間として必要な知見や能力を具体化し、選抜された人材の育成方法も整備することを通じて、役職への昇進基準が可視化されるのがメリットです。
これらのプロセスは一般社員向けの評価システムにも波及させることができ、努力が報われる組織づくりにつなげる効果も期待できます。
2.人材ポスト空白期間の防止
あらかじめ幹部候補を選抜しておくことで、経営幹部ポストの空白期間を作らない効果を発揮します。
突然の経営者交代に伴う経営環境の混乱も防止でき、企業運営の安定性確保にもサクセッションプランの導入は効果的です。
新事業や事業多角化を行う場面で、幹部社員を部門責任者に任命したり、子会社の社長に就任させたりするなどの柔軟な対応も可能となります。
3.人材育成コストの削減
サクセッションプランでは、既存の社員から幹部候補を選抜するため、企業理念や経営戦略を浸透させるための時間的・経済的コストの削減にもつながります。
幹部候補として必要な能力は選抜段階で審査が済んでいるので、候補者に特化した育成プログラムを構築できる点にも注目です。
外部から採用した人材が早期に退職し、研修効果が無になってしまうというリスクも回避できます。
4.採用コストの抑制
外部から幹部候補を選任する場合、求人媒体を使った公募ではなく、非公開求人として人材紹介会社に候補者選出(ヘッドハンティング)を依頼するケースがみられます。
紹介手数料は年収の25%~35%が相場とされていますが、一律数百万円の手数料を設ける紹介会社(ヘッドハンター)もあるようです。
サクセッションプランは企業内で幹部候補を選抜するので、高額の手数料負担を回避でき、採用コストを抑制する結果につながります。
5.優秀な人材の確保
幹部社員・経営者への昇進に向けた明確な道筋を提示することで、優秀な社員の定着(リテンション)を促進できることも、サクセッションプランのメリットです。
人事評価制度がない場合、社員の能力を正当に評価することや、能力が高い社員の転職・独立の前兆を察知することが難しいのが実態です。
経営層の主導により経営センスのある人材を発掘し、手厚い教育を実施することで、幹部候補として選抜された人のエンゲージメントを高める効果も見逃せません。
サクセッションプランの策定手順
幹部候補者を着実に育成するためには、人材要件と育成プロセスを定めておくことが重要です。
経営戦略や企業理念を明確にしておき、前任者の業務執行方針と食い違いが発生しないよう入念に調整しておく必要もあります。
サクセッションプランの策定手順を、5つのステップで説明します。
1.経営戦略や企業理念の明確化
サクセッションプランを有効に機能させるためには、中長期的な経営戦略や創業以来の企業理念を幹部候補者へ確実に浸透させる必要があります。
次世代の経営者・幹部に変革を委ねるもの、未来へも受け継ぐべき文化・慣習などを文章にまとめ、後継者候補や幹部候補に明示することが、信頼関係の構築面でも重要です。
自社を取り巻く経営環境や、技術・サービス革新の動向を分析しながら、現在の経営者が変革を委ねるのも、モチベーションの発揮に効果的でしょう。
2.経営戦略の実現に必要なポジションの特定
次に、サクセッションプランの対象ポジションを定めておきます。
対象範囲によって、選抜基準の設定や育成プログラムの構築に変化が生じるからです。事業承継リスクの解決が目的であれば、次期社長(代表取締役)候補者だけを対象にする方法が考えられます。
一方、組織の若返りや経営体質の改革を考える場合は、取締役・執行役員あるいは部長クラスまで対象を拡大することも検討材料の一つです。
3.ポジションに必要な人材要件の設定
対象ポジションの特定後は、候補者に求める人材要件を決めていきます。
経営戦略を推進するために必要な十分な実務経験やリーダーシップ、戦略の立案の基礎となる経営全般に関する知識やコンピテンシーなどが主な要件です。
候補者の育成計画を立てる上で重要な項目なので、具体的に要件を洗い出すことが大切です。
現在の経営者の影響が強くなりすぎないよう、既存の人事評価システムを参考にするなど、客観性を保ちながら洗い出しを行うことで、選抜基準の可視化につながります。
4.人材要件にあった適任者の選定
適任者の選定方法は、企業の考え方により柔軟に決定されているのが実情ですが、本人の熱意や性格、周囲からの人望を選考基準の一つとする企業が大多数です。
ケーススタディやグループディスカッションなどを外部のアセスメントセンターで実施させ、その結果をから多角的かつ客観的な評価を行う方法もあります。
若手・中堅社員が経営課題に対し具体的提言を行う「ジュニアボード制度」を通じて、候補者をピックアップする方法も有効です。
5.育成(プラン)の開始
適任者が選抜された後は、個別の育成計画を作成した上でサクセッションプランを実行します。
問題解決能力やリーダーシップ力を高めるアクションラーニングの受講や、他部署の管理職経験を通じて意思決定力を高める目的でジョブローテーションを実施する方法が考えられます。
定期的に社長や役員との面談を実施するなど、フィードバックを通じて自律的な能力向上につなげることも、プランの実効性を高めるには重要です。
サクセッションプラン 企業事例
経営層が直轄して将来の幹部を育てるサクセッションプランは、大手企業を中心に導入が進んでいます。
経営戦略に即した形で、腰を据えて育成に取り組んでいるのが共通の特徴です。自社の戦略や文化に合わせたプラン構築を検討してはいかがでしょうか。
1.オムロン
世界初の自動改札機メーカーとして知られるオムロンでは、2006年から社長指名諮問委員会を設置し、社長CEOの評価を毎年実施した上で次年度の社長を指名する仕組みをとっています。
取締役会による社長の再任拒否決議や緊急事態に備えて、サクセッションプランに基づき継続的に社長候補者育成への取り組みがなされています。
社外取締役を委員長として、高い客観性と透明性を確保しているのが特徴です。
2.りそな銀行
顧客本位の経営改革を推進するりそな銀行では、2007年から「サクセッションプラン」を導入して、新任役員候補者から次世代社長候補者までを対象にした選抜・育成プログラムが実施されています。
プラン導入に先立ち、2003年から役員に求められる人材像として、「勝ちにこだわる姿勢」「新しいりそな像を創り出す力」など7つのコンピテンシー項目が公開されています。
役員選任基準の透明化とあわせて、金融業界としての経営改革を強力に推進する意思を表明しているのが特徴です。
3.花王
洗剤やトイレタリー用品で国内トップシェアを誇る花王では、業務実績の評価と多面的人財評価の結果により次期経営陣の候補や部長・課長候補を選抜する「サクセション・プラン」を実行しています。
直ちにキーポジションの後継者になれる人財、1~3年で後任として育成する人財、3~5年で後任として育成する人財に分けて個別育成を行い、360度評価やフィードバック等を通じて「気づき」を促す仕組みが構築されています。
また、個別育成も実践しています。ポテンシャルが高い若手社員も選抜対象として、経験の幅を広げる目的でのジョブローテーションや、海外勤務を通じた育成に取り組んでいるのが特徴です。
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