人事評価制度の導入をきっかけに、業務のパフォーマンスに着目して昇給・昇格を判断する成果主義賃金制度にシフトする企業が増えています。
賃金決定にあたって年齢・勤続年数を考慮しないことから、「脱・年功序列賃金制度」ともいわれています。
毎年の人件費の伸びを抑えながら、従業員のモチベーションを上げられる可能性があることが注目点の一つです。
実際に脱・年功序列に取り組む企業の実例を取り上げながら、年功序列制度を見直すことで生まれる効果やメリットについて解説します。
脱・年功序列とは
「脱・年功序列」とは、属人給から仕事給へシフトする動きのことをいいます。
1990年代のバブル崩壊まで主流とされてきた年功序列制度は、学歴や年齢・勤続年数といった属人的要素を考慮して役職や給与を上昇させる人事制度です。
従業員にとっては将来的な生活の安定を期待できることがメリットである反面、社員の高年齢化に伴い人件費が増大することが企業にとってはデメリットとなり得ます。
一方、市場競争の激化に伴う人件費削減の動きから、リストラによる退職者や派遣社員など非正規雇用で働く人が増加し、年功序列の成立条件が崩壊し始めました。
加えて、転職市場が活気を帯び、実力に応じた給与を求める動きも定着しつつあります。そのため、従業員の仕事内容やパフォーマンスに応じて給与や役割を決定する制度に移行する企業が増加しているのです。
終身雇用とは
終身雇用制度は、正社員として就職した後、定年まで雇用され続けることを前提とした制度です。
明治時代後半に、国営製鉄所で熟練工の育成を図るために年功賃金・終身雇用制度を取り入れたことが始まりだとされています。
その後、高度経済成長時代における労働力不足を解消するために長期雇用の慣習が一般化し、終身雇用制度が確立するに至りました。
長期間をかけて労働者の育成を行えることと、労働者の生活安定を図りながら会社への忠誠心を高められるのが特徴です。
年功序列制度が定着した背景
高度経済成長時代においては、人材確保が企業の大きな経営課題とされていました。労働力の確保が、企業成長にとっては必要不可欠だと考えられていたからです。
大量に採用を行うことから、同一企業・部門内で個別に初任給を定めるケースは少なかったとされています。
地方部の中学校・高校を卒業した人が、集団就職で大都市の企業や店舗に就職したのもこの頃で、新卒者の囲い込みに一役買っていたようです。
一方、労働組合を中心として、安定した雇用や給与の増額を求める動きが巻き起こった結果、勤続年数に応じて昇給する年功序列制度が定着し始めました。
長い期間をかけて専門性な労働力を育成した上で、新規分野へ積極的に進出し、労働者と共に所得倍増計画を果たしたことも、年功序列制度の功績といえます。
オイルショック等による景気の影響を受けながらも所得分布の平均化が進み、1980年代には「一億総中流時代」と言われるまでになりました。
脱・年功序列の効果とメリット
転職者や非正規雇用者の増加などによって、終身雇用や年功序列制度の恩恵を受けられる人は減少しています。
年功序列制度の弊害の一つである「ぶら下がり社員」の増加も、人事の公平性を確保する上では解決すべき課題です。
一方、2020年の労働基準法改正により同一労働同一賃金(均衡待遇)の実施が義務化され、成果に応じた評価へのニーズが企業・労働者ともに高まっているのが現状です。
年功序列制度を見直し、成果主義による人事評価制度を採り入れた際の、効果とメリットについて解説します。
1.成果が正当に評価される
年功序列制度では、仕事の熟練度に応じた評価がなされています。年齢や勤続年数を考慮するため、上司(評価者)の個人的感情が交じるケースもみられるようです。
一方、仕事の成果に基づく評価では、事前に定めた指標を通じて従業員の実力や貢献度が明らかとなるのがメリットです。評価情報に基づき、要改善事項をピンポイントで指導できる点も見逃せません。
2.年齢や勤続年数に関係なく活躍できる
年功序列制度では、長期勤続を前提として人材配置や給与が決定されるため、若手の優秀人材が不利に扱われ、モチベーションを低下させる危険性が潜んでいます。
脱・年功序列に取り組むことで、年齢や勤続年数に左右されず実力を発揮できる環境作りが実現できます。能力に主眼を置いた適材適所への人材配置を通じて、組織の若返りを期待できるのも特徴です。
3.公平に評価される
年功序列制度では、組織内の年齢構成によって評価基準や昇給・昇格のスピードに差が出ることが想定され、評価の公平性にも疑義が生じます。
成果主義に基づく評価制度では、従業員のプロフィールにとらわれず仕事内容に特化した指標を定めるため、公平性が高い評価を実施可能です。
上司・評価者の私情が入りにくい点もメリットといえます。
4.社員のモチベーションアップ
年功序列制度では在籍年数に応じて昇給・昇格が確約される場合が多いため、失敗を恐れずにチャレンジする従業員と現状維持型の従業員に二分される可能性があることが懸念材料の一つです。
成果主義を導入することで、業務の成果が評価にするため、昇給・昇格に対するモチベーションの向上が期待できます。
従業員個々が積極的にスキルアップに取り組むことで、組織全体の業績向上につながる可能性も見いだせます。
5.人件費の削減と適正化
従業員が退職しない限り毎年の人件費が上昇する年功序列制度には、企業の収益が減少した場合に財務状況を悪化させるリスクが潜んでいます。
人事評価の結果と企業の業績に応じた給与変動をルール化しておくことで、優秀な従業員への昇給と同時にローパフォーマー従業員への降給を実施でき、総人件費の適切なコントロールを実現可能です。
脱・年功序列が注目される理由
日本では1990年代から、脱・年功序列が注目されています。
バブル崩壊を皮切りに日本経済が長期にわたり低迷したことや、市場競争の激化による企業収益の低下が原因で、年功序列制度・終身雇用の維持が困難とする企業が増加しているからです。
一方、多様な働き方の普及や副業・兼業の推進により、年齢に左右されず個人の実力を発揮しやすい環境も整いつつあります。
もはや、一つの企業で定年まで勤め上げるという考え方に終止符が打たれたと言っても過言ではありません。
「終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界」「利益が上がらない事業で無理に雇用維持することは、従業員にとっても不幸」
2019年5月7日定例記者会見、経団連発表
という経団連会長による発言が、そのことを裏付けています。
また、2014年9月に開かれた「経済の好循環実現に向けた政労使会議」では、安倍首相が「子育て世代の処遇を改善するためにも、年功序列の賃金体系を見直し、労働生産性に見合った賃金体系に移行することが大切」と述べています。
生産性が高い従業員への処遇を厚くすることを推奨していると、この発言から読み取ることが可能です。
厚生労働省では、2017年から人事評価改善等助成金(現在は人材確保等支援助成金)を設けて、生産性向上と賃金アップを目指す評価制度の構築を推進しています。
2020年4月(中小企業は2021年4月)からは、同一労働同一賃金の実現が義務づけられ、仕事内容に応じた給与設定を通じて、年功序列から脱却する流れが加速すると考えられます。
脱・年功序列 企業事例
古くから年功序列制度を確立させていた大企業でも年功賃金を廃止し、高いパフォーマンスを発揮する従業員に好待遇を提示する事例が増えています。
労働市場の流動化が進む中、優秀な人材を確保して企業収益を確保・改善するためには、魅力ある成果主義制度を提示して人材獲得競争に勝ち抜くことが必要不可欠です。
脱・年功序列に取り組む企業3社の事例を紹介します。
1.日立製作所
世界有数の大手電機メーカーである日立製作所では、2014年10月から課長職以上の管理職を対象に職能給を廃止し、グローバル共通の査定基準を持つ職務給制度に切り替えました。
組織への影響力や仕事の複雑さなどの尺度でポストに点数を付け、経営計画への貢献度に対する評価を組み合わせて処遇を決める仕組みです。
国際的な競争力を高めると共に、積極的にチャレンジする環境を設けて社風の転換につなげる戦略を持っています。
2.パナソニック
家電製品の多くでトップシェアを有するパナソニックでは、2015年4月から管理職を対象に、職務や役割の変動に応じて賃金が増減する役割等級制度が導入されました。
若手社員のモチベーションを引き出す戦略を持ち、2016年4月からは一般社員にも適用されています。部課制を復活させ、上司1名あたり部下7名程度の組織のもとで人材育成の強化を図っています。
過去の組織改革における反省点を活かし、グローバルを意識しながら現場ごとの強みを活かせる体制が構築されているのが特徴です。
3.ソニー
CMOSイメージセンサーの世界トップシェアを誇るソニーでは、2015年4月から全社員を対象にジョブグレード制度が導入されています。
現在果たしている役割だけに着目し、社員の処遇を決める仕組みです。2004年に成果主義賃金が導入されましたが、年功序列的な要素が残っていた反省を踏まえ、制度の再構築が行われています。
40%超に達する管理職の比率を下げ、意欲の高い社員を登用することがねらいで、評価次第では20代で課長クラスに抜擢することも想定されています。
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