従業員を雇う際は、事業主(使用者)が労働者に労働条件を説明し、双方が納得した上で雇用契約を締結します。
雇用契約そのものは口約束でも成立しますが、労働条件の通知は書面やWeb画面といった「目に見える形で」行うことが法律で義務づけられています。
労働時間や賃金をはじめ、年次有給休暇など労働者の権利にもかかわる内容なので、労働条件をわかりやすく提示することが大切です。
今回は、労働条件通知書を作成する上で必要な項目と注意点を、記入例付きで解説します。
雇用契約書との違いについても確認しておきましょう。
労働条件通知書とは?
労働条件通知書とは、労働契約の期間をはじめ始業・終業の時刻や休日、賃金といった労働契約の締結を決める上で重要な事項を明示した書類です。
労働契約(雇用契約)の締結にあたっては、労働者に労働条件を書面で交付することが労働基準法第15条で使用者に義務づけられています。
労働者が希望した場合には、労働条件通知書をFAX送信あるいは電子メール・SNSのメッセージに労働条件通知書のPDFファイルを添付して送信することも可能です。
労働基準法第15条(労働条件の明示)
参照元: e-Gov法令検索
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
② 前項の規定によって明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
③ 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
明示された労働条件と実際の労働条件が異なる場合には、労働者がその場で労働契約を解除できるルールも定められています。
また、労働契約法第1条では労働契約が労働者・使用者の合意によって成立することも明確化されており、労働契約(雇用契約)を結ぶかどうかの決定材料としても労働条件通知書は重要です。
労働者の立場を守ると共に、会社と労働者が安定かつ健全な関係性を保つ役割も持っています。
なお、労働基準法第15条では明示された労働条件と実際の労働条件が異なる場合には、労働者がその場で労働契約を解除することが認められています。
労働トラブルを未然に回避するためにも、労働条件通知書を必ず作成するようにしましょう。
労働契約法第1条(目的)
参照元: e-Gov法令検索
この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより、合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的とする。
雇用契約書との違い
雇用契約書とは、労働条件通知書の内容について労働者と使用者の合意に至ったことを証明する書類で、双方が署名・押印した上で保管する書類です。
雇用契約自体は口頭でも成立するため、契約書の作成義務は求められていません。
ただし、実務上は「労働条件通知書兼雇用契約書」という書面を作成して、労働条件の通知と雇用契約の締結を同時に、あるいは先に労働条件を通知して後日雇用契約書に署名・押印するケースが多いです。
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記載するべき項目と注意点【記入例】
労働条件通知書で必ず明示しなければならない内容は、労働基準法施行規則第5条で定められています。
就業規則を作成している会社・事業場の場合は、就業規則を労働者に交付した上で、明示すべき労働条件に対応する就業規則の条項を労働条件通知書に記載する方法もあります。
厚生労働省で作成された労働条件通知書のサンプルをもとに、労働条件通知書で明示する項目や注意点・記載例を確認してみましょう。
労働契約期間
労働契約期間の定めの有無や、契約期間を定める場合の更新有無と更新条件を明示します。
正社員や無期雇用労働者の場合は、契約期間の定めがない契約となるのが一般的です。試用期間を設ける場合は、その旨も明示します。
契約期間の定めがある場合は、契約期間の始まりと終わりの年月日とあわせて契約更新有無の明示が必須です。
契約期間の上限は3年ですが、やむを得ない理由がなければ中途解約ができないため、リスクマネジメントの観点から契約期間は最長でも1年にとどめておくのがよいでしょう。
例えば、初回の契約期間が2021年4月1日~2022年3月31日、更新する場合があり得るが更新回数は最大2回、という契約を結ぶ場合は、労働条件通知書には次のように記載します。
契約期間 | 期間の定めあり(2021年4月1日~2022年3月31日) |
契約の更新の有無 | 更新する場合があり得る その他(契約更新回数は最大2回) |
「契約を更新する場合があり得る」と記載した場合は、契約更新の判断基準の明示も必要です。
次のような選択肢がありますが、特別な基準を設ける場合はその他欄で、その旨を明示します。
- 契約期間満了時の業務量
- 勤務態度・成績
- 能力
- 会社の経営状況
- 従事している業務の進捗状況
- その他
高齢者や高度専門職のように無期転換ルールの特例がある場合は、その旨も明示しておきましょう。
就業の場所
労働者が勤務する場所(事業場)を記入して就業の場所を明示します。
複数の勤務場所がある場合は、住所を併記するとわかりやすいでしょう。
テレワークや配置転換・業務応援を想定して「会社が指定した就業場所」と併記します。
労働条件通知書での明示義務はありませんが、転勤や配置転換の予定がある会社の場合には「配置転換や転勤・出向などの人事異動により、就業場所や業務内容を変更することがある」と明記しておくと万全です。
具体的な記載イメージは、次のとおりです。
就業の場所 | 株式会社あしたのチーム本社(東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX 11階)及び会社が指定した就業場所 ※配置転換や転勤・出向などの人事異動により、就業場所を変更することがある |
従事すべき業務の内容
採用時点で配属される部署や、具体的な業務内容を明示します。
業務内容に関する内規や業務マニュアルを交付した上で「詳細は内規(業務マニュアル)に明記」としてもよいでしょう。
仕事帰りの郵便出しのように本来の業務以外の業務をする場合もあるため「その他、会社が指示するあらゆる業務」と併記しておきましょう。
ただし、同一労働同一賃金の考え方もあるため、限定型正社員やパート・アルバイトの場合には「その他付帯する業務」の表現に留めておくのが無難です。
具体的な記載イメージは次のとおりです。
従事すべき業務の内容 | 当社が提供する商品に関するコンサルティング業務・クライアントの現状把握・人事評価制度の構築・運用のサポート・その他会社が指示するあらゆる業務 |
労働時間
始業時刻・終業時刻と休憩時間、所定労働時間の有無を明示します。
1日の労働時間が6時間を超える場合は45分、8時間を超える場合は60分の休憩が必要です。
労使協定の締結を条件に1日の所定労働時間を柔軟に設定できる「変形労働時間制」を導入している場合は、基本的な始業時刻・終業時刻と適用日の組み合わせを明記します。
「具体的な勤務日時は、シフト表などの文書により事前に通知する」と記載しておけば、シフトパターンの変更にも対応しやすいでしょう。
フレックスタイム制度を導入している場合は、「始業及び終業の時刻は労働者の決定に委ねる」と明記します。
その上で、フレキシブルタイムとして選択できる始業時間帯と終業時間帯、必ず勤務しなければならないコアタイムをそれぞれ明示します。
なお、週に1度のコアタイムを設定、あるいはフレキシブルタイム・コアタイムを全く設定しない「スーパーフレックス制度」の導入も可能です。
できる限り、月の所定労働時間を明示しておきましょう。
労働条件通知書の具体的な記載イメージは、次のようになります。
【一般的な例】
- 始業:8時30分・終業:17時30分
- 休憩時間:60分
- 所定時間外労働の有無:あり
【1ヶ月単位の変形労働時間制を導入している場合】
- 1ヶ月単位の変形労働時間制として、次の勤務時間の組み合わせによる ①始業:9時30分・終業17時30分(適用日:②・③以外の曜日、休憩時間45分)
②始業:8時30分・終業12時30分(適用日:水曜日、休憩時間なし))
③始業:7時30分・終業18時30分(適用日:火曜日・金曜日、休憩時間60分)
※具体的な勤務日時は、シフト表などの文書により事前に通知する。
【フレックスタイム制度を導入している場合】
- 始業及び終業の時刻は労働者の決定に委ねる。
- フレキシブルタイム…始業:7時30分~10時30分・終業12時30分~18時30分
- コアタイム…10時30分~12時30分、月所定172時間勤務
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休日・休暇
会社所定の休日や、年次有給休暇や夏休み・正月休みといった休暇制度と休暇付与日数についても明示します。
法定休日として週に1回、あるいは4週間で4回の休日付与が必須で、変形労働時間制やフレックスタイムを導入している場合でも同様です。
年次有給休暇は、パートやアルバイトでも週の所定労働日数に応じて付与しなければなりません。
具体的な記載イメージは次のとおりです。
休日 | 毎週土・日曜日・国民の祝日・会社創立記念日(9月25日) |
休暇 | ①年次有給休暇 6ヶ月継続勤務した場合 10日 ②夏休み(8月13日~16日) ③正月休み(12月29日~1月4日) |
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賃金
労働者に支給する賃金や諸手当の金額と、所定外労働・休日出勤・深夜労働に対する割増賃金率を明示します。
あわせて、賃金の締切日・支払日と賃金支払方法も明示します。
パートタイマーの場合は昇給の有無や賞与の支給に関する事項の明示が義務づけられていますが、正社員にも任意で同様の明示を行うとわかりやすいでしょう。
賃金を設定する際は、基本給と諸手当(通勤手当・家族手当・精皆勤手当を除く)の合計額が最低賃金以上の金額である必要があります。
月給制や日給制の場合は、時給換算した金額が最低賃金以上であるかのチェックが必要です。
労働条件通知書での、基本賃金の記入例を確認しておきましょう。
【月給制の場合】
基本賃金 | 月給(200,000円) |
諸手当の額又は計算方法 | ①通勤手当6,800円(計算方法:1ヶ月分の通勤定期料金を支給、詳細は就業規則第○条) ②職務手当25,000円(計算方法:就業規則第○条に定める職務能力に応じて支給) |
【時給制の場合】
基本賃金 | 時間給(1,100円) |
諸手当の額又は計算方法 | ①通勤手当480円(計算方法:1日当たりの公共交通機関運賃を支給、詳細は就業規則第○条) ②職務手当80円/1時間(計算方法:就業規則第○条に定める職務能力に応じて、時給に加算して支給) |
退職に関する事項
自己都合退職の手続期限は法的に定められていませんが、退職希望日の1ヶ月以上前の届出を求めるケースが多いです。
一方、期間の定めがない雇用契約を結んでいる人の場合は、退職日の14日前まで予告すればよいと民法第627条で定められています。
業務引継ぎや後任者探しの期間を考慮して、妥当と思われる退職予告期限を設定しても構わないでしょう。
自己都合退職の届出期限をあまりにも長く設定すると、退職の事由を制約していると判断される可能性があるため注意が必要です。
解雇理由も退職に関する事項にあたるため、就業規則の条項を記載するなどして明示しておきましょう。
その他
退職金制度を設ける(退職手当の定めがある)企業の場合は、退職金の支給対象者や退職金の計算・支払方法と支払時期を明示する必要があります。
パートタイム労働者に対しては書面での明示の義務があるため注意しましょう。
社会保険(厚生年金保険・健康保険)の加入状況や雇用保険の適用状況は労働条件通知書での明示義務はありませんが、社会保障に関連する事項なので、できる限り明示しておくとよいでしょう。
雇用期間の定めがある労働者に対しては、労働条件通知書の中で「無期転換ルール」について触れることが望ましいとされています。
企業からパート労働者に対して無期雇用契約に変更できると案内する義務はないものの、無期転換ルールの除外条件をめぐる紛争を事前防止するためにも事前告知しておくことをおすすめします。
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