経営の機敏性を意味する「ビジネスアジリティ」という言葉が、日本でも注目を浴び始めました。
ドッグスポーツでは障害物競技を「アジリティ」と呼んでいますが、状況の変化を見極めながら課題を解決する点が共通しています。
この記事では、ビジネスアジリティが注目される理由や、組織づくりや人事施策にアジリティの考え方を落とし込んでいくヒントについて解説していきます。
アジリティとは?
アジリティ(agility)は敏捷性と訳され、動作の素早さに関する能力を意味する言葉です。
1982年にアメリカ陸軍が編み出した戦闘教義「エアランド・バトル」の中で、アジリティが「迅速かつ容易に移動し適応する能力」と定義されています(チェット・リチャーズ著・原田勉訳『OODA LOOP』より)。
また、ドッグスポーツでは、犬と人間(指導手)が息を合わせて障害物をクリアする競技(ドッグ・アジリティ)が人気です。
ビジネスシーンでは、形容詞であるアジャイル(agile)がIT用語として定着しています。開発工程を細分化することで、開発期間の短縮と価値の最大化の両立が図られていることが特徴です。
機動的な開発スタイルが経営手法に応用されるようになり(アジャイル経営)、組織のイノベーションや生産性の向上を目指す流れが生まれつつあります。
機敏性(アジリティ)と俊敏性(クイックネス)の違い
スポーツの世界では、身体の基礎能力を高める「SAQトレーニング」が実践されています。「SAQ」は、スピードの三大要素を示す単語の頭文字です。
- Speed(スピード=速度)…重心移動の速さ
- Agility(アジリティ=機敏性)…運動時に身体をコントロールする能力
- Quickness(クイックネス=俊敏性)…刺激に反応して速く動き出す能力
ビジネスシーンでは、物事自体を始める瞬発力をクイックネス、変化に対し臨機応変に判断する力をアジリティと言い換えることができます。
スポーツと同様にビジネスも競合相手に勝つことが目標であるため、チームの動きや市場ニーズを的確に見極めて最善を尽くせるよう、個人の能力と組織力の両方を高めていくことが企業の重要課題です。
注目される理由と時代的背景
ビジネス環境が目まぐるしく変化する「VUCA」の時代と言われる中、新たな能力評価の指標として注目されているのが、アジリティの高さです。
モバイルを含めたブロードバンド環境の充実とビジネス課題の複雑化に伴い、業務(行動)のプロセスに着目して柔軟かつ迅速な意思決定を繰り返す「OODAループ」という考え方も現れています。ちなみに「OODA」は、
- Observe(観察)
- Orient(情勢判断)
- Decide(意思決定)
- Act(行動)
の4要素で構成されており、必要であれば観察段階に戻って軌道修正を図れることが特徴です。業務のプランに着目して着実な目標達成を図る「PDCAサイクル」との相乗効果により、機動性の高い組織運営が実現するでしょう。
アジリティの高い組織の特徴・メリット
スピード感があるビジネスを推進するため、アジリティの高い組織へのイノベーションを図る企業が増えています。
withコロナ時代を迎え、テレワークの普及など働き方自体にも変革が迫られているのが現状です。
アジリティが高い組織の特徴と、組織のイノベーションがもたらすメリットについて説明します。
1.世の中の変化に柔軟に対応できる
社員一人ひとりの判断能力が優れているため、状況の変化に柔軟な対応ができる点がアジリティの高い組織が持つ大きな特徴です。
同時に、積極的な情報収集をサポートする姿勢や社員一人ひとりの発想力を大切にする文化も持ち合わせています。
従来の縦割り組織(ピラミッド組織)では部門ごとの専門性が高い反面、組織のパフォーマンスを十分に発揮できないことが課題でした。
アジリティの向上により、想定外の事象が発生した場合でも蓄積されたノウハウを応用しながら対処できる点が、ビジネスの差別化を目指す上でのメリットといえます。
2.組織のビジョンが明確になる
環境の変化が必ず起きるという前提で組織のビジョンが策定されていることが、アジリティの高い組織が持つ共通点です。
経営幹部がビジョンに修正(リビジョン)を加える際に、管理職を含む社員の意見を十分に反映させていることも、組織コミットメントの醸成に役立っています。
ビジョンが曖昧な状態だと行動基準の統一化が図れないため、非効率な状況に陥ったり顧客等とのトラブルが発生したりする懸念が生じます。
一方、ビジョンが明確であれば、どのような状況下においても共通の価値観を持ちながら臨機応変な対応が可能です。
VUCAの時代だからこそ、確固たるビジョンの存在が柔軟な行動のバックボーンとなり得ます。
3.社員のリーダーシップ力が高まる
アジリティが高い組織では、社員一人ひとり指導力・決断力を存分に発揮できる環境が整っています。
上司やチームメンバーとの間で緊密なコミュニケーションが取られており、情報の共有はもちろん業務への信頼関係も構築されていることも、迅速なビジネスを遂行する上で有利です。
刻々と変化する場面ごとに必要な判断を下し、その判断を受け入れて次のステージにつなげる文化が出来上がっているといえます。
課題が不明確な状況でも的確な判断を行う習慣がつくことで、迅速な行動の裏付けとなるリーダーシップも高まるわけです。
4.意思決定の迅速化が実現する
意思決定のスピードが速く、市場の変化に機敏な対応をとれることも、アジリティの高い組織ならではの特徴です。
ピラミッド型組織では、意思決定にあたり部門長や役員の決裁を仰ぐ必要があり、迅速なビジネス推進に支障をきたす場面がみられます。
複数の登場人物が介在するため、決裁者のスケジュールにより業務へ影響をきたしたり、正確な情報伝達に困難が生じたりすることも課題の一つです。
一方、アジリティの高い組織はフラットな構造で、スムーズな情報伝達・意思決定により迅速に業務が進むというメリットをもたらします。
意思決定の権限と責任がチームメンバーに委譲(エンパワーメント)されている点では、ティール型組織(進化型組織)に似ていると考えられます。
企業のアジリティを高める人事施策
アジリティの高い企業(アジャイル型組織)を実現するためには、社員が正しく判断できる環境の整備が大切です。
判断の基礎となるコミュニケーションを充実させることで生産性が高まり、働き方改革にも結びつくでしょう。アジリティの高い企業づくりに役立つ、5つの人事施策について検討してみましょう。
1.経営層への教育強化
経営層の意識改革が、企業全体のアジリティ向上への第一歩です。
米国のコンサルティング企業マーサー社の日本法人では、経営者に求められる人材要件として3つのコンピテンシーを提言しています。
- Dealing with Paradox(迅速・果敢な意思決定)
- Drives results(成果にこだわる強い意志)
- Learning Agility(成長実現に向けた不断の努力と行動の継続)
特にLearning Agility(ラーニングアジリティ)は、過去にとらわれずに意思決定を行う上で重要な資質です。
成果を上げ続けるためにも、経営層が率先して環境の変化に適応する力を獲得する努力が求められます。
現状分析と将来ビジョンづくりを、信頼のおける専門家との協働で進めていくことも、新たな知見を得るという「学び」につながるでしょう。
2.社員のエンパワーメントを推進
社員へのエンパワーメント(権限委譲)の推進が、アジリティの向上に直結します。個人のパフォーマンスや問題解決能力を最大限引き出すことで、意思決定の迅速化につながるからです。
意思決定や業務の精度に差が生じるという課題は残るものの、チーム内でのノウハウ共有により克服できるでしょう。
社員の能力を定期的にチェックするには、能力やコンピテンシーを可視化できる人事評価の実践が効果的です。エンパワーメントの結果、顧客に対する柔軟な対応が実現し、顧客満足度と企業の競争力が高まる相乗効果も期待できます。
3.企業理念、ビジョンの浸透
経営理念を全社員に浸透させることは、迅速かつ最善な判断基準を提供する上で重要な目的です。
業務に必要なスキルを明示し、スキルアップに向けた教育訓練を実施することも、ビジョン実現への大切なプロセスとなります。
経営環境の変化に応じて企業理念・ビジョンが変化するため、決算期ごとにキックオフミーティングを開くなど、企業ビジョンを定期的に伝える機会を設けるのも有効です。
ミーティング開催時は、コロナウイルス感染症のリスクとなる「3つの密(密閉空間・密集場所・密接場面)」を回避する配慮を忘れないようにしましょう。
4.ICTシステムの導入
企業・社員ともにアジリティを高めるには、情報共有と意思決定プロセスを迅速化するICTシステムの導入が効果的です。
従来のグループウェアがリモート会議ツールや社内SNS、クラウドストレージに代わるなど、システム導入のハードルが下がっています。
企業の文化に合ったシステムを構築することで、社員の負担を最小限にしながら業務環境の改革が可能です。
導入費用を軽減するため、経済産業省が公募する「IT導入補助金」などの活用を検討するのもよいでしょう。
5.社内コミュニケーションの活性化
社内コミュニケーションの活性化は、業務に関する情報共有を徹底する上で必要不可欠な要素です。
アジリティが高い組織では、社員が自発的に状況判断や意思決定を行う前提なので、職場内における特定メンバーの孤立や情報格差の発生は避けなければなりません。
朝礼を活用するなど、コミュニケーションを取る機会を意識的に設けることが大切です。中小企業では、経営幹部が職場を定期巡回して現場の全社員と短時間の会話を交わす事例もみられます。
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