グローバルな競争力を獲得するために、製造業における経営コスト削減は重要な課題です。
その課題を解決するためのビジネスモデルとして注目されているのが「ファブレス経営」であり、市場の変化に対応できる柔軟さを持つ仕組みであるといわれています。
この記事では、ファブレス経営に関する基本的な知識と具体的な事例について紹介しつつ、ファブレス経営の持つリスクについても解説します。
ファブレスの意味・ファブレス経営とは?
製造業が経営コストを削減するための「ファブレス経営」とは、いったいどのようなものでしょうか。
ここではまず「ファブレス」の意味を確認し、ファブレス経営がどのような経緯によって生まれたのかについて紹介します。
ファブレスの意味
ファブレスとは、「工場を持たない」ことを意味する言葉です。
工場(fabあるいはfabrication facility)を持たない(less)ことから生まれた造語です。製造業を営む企業でありながら、製造のための施設を自社では保有しない経営方法を「ファブレス経営」と呼びます。
製品に関する企画や開発を行いながら、商品の製造については外部の向上に委託する経営方法であり、このような仕組みで活動する企業は「ファブレス企業」または「ファンドリ」と呼ばれるのです。
ファブレス経営誕生の経緯
ファブレス経営が誕生したのは、1980年代のアメリカです。当時のアメリカにおける半導体メーカーでは、製品のライフサイクルが短いために半導体工場への設備投資に関するコストが高くなりすぎるという課題を抱えていました。
そこで、半導体の設計と製造の分業化が提案されるようになりました。設計と製造を別々の企業で行うことで、それぞれの強みに関する事業に特化することができ、経営資源を効率的に投資できるようになったのです。
そこから、製品の設計・企画のみを担うファブレス企業が誕生し、この経営方法がほかの分野・業界にまで広がっていきました。
ファブレスカンパニーの事例
(アップル・ユニクロ・任天堂・キーエンス)
世界にはファブレス経営を行う企業が多数あります。そのなかでも、ファブレス経営で成功を収めている代表的な企業として、「アップル」「ユニクロ」「任天堂」「キーエンス」の4つの事例を見ていきましょう。
アップル
世界的企業であるアップル社はパソコンや周辺機器、スマートフォンなどの製品の企画・設計・販売に特化したファブレス企業です。
製造については他社に委託し、優れたデザイン力を活かした商品の企画や設計に特化し、独自の市場を開拓してきました。付加価値の高い分野に経営資源を集中することで、利益を追求しているのです。
新製品の開発では生産に間に合うギリギリの段階まで改良を行い、完成した設計図からすぐに量産できるように製造企業との関係を結んでいます。
また、生産に必要な機器についてはアップルが持ち主となることで、デザインの流出などを防いでいるのです。
ユニクロ(ファーストリテイリング)
ユニクロは衣料品の分野でファブレス経営を成功させた企業です。商品の企画やデザインを担うだけではなく、製品の素材の調達から商品の販売までを行っています。
製品を製造する工場は、中国の企業などに委託していますが、取引先の工場とは長く強い信頼関係を築いてきました。
また、委託先の向上に対して、製品の品質を管理するチームを派遣するなど、商品の品質維持にも力を入れています。
工場こそ自社で保有してはいないものの、企画から製造、販売までを一貫して管理することで世界中でシェアを拡大する企業となっているのです。
任天堂
任天堂は日本を代表するゲーム・玩具メーカーであり、ファブレス企業としても有名です。
玩具の製品サイクルは短いため、ブームによって一気に需要が増えても、その後にすぐ人気を失ってしまうことも少なくありません。
これにより大量の在庫を抱えてしまうというケースも多いのです。そのため、任天堂ではファブレス経営によって、生産調整・人員調整を行っています。
特に、売上の99%以上を占めるコンピュータゲーム関連の生産は完全に外部委託をしており、自社工場については検査や修理に特化させているのです。
キーエンス
キーエンスは日本の企業であり、センサーや測定機器メーカーとして成功を収めています。
「付加価値の創造」を企業の理念としており、製品の7割が業界初・世界初といわれる製品であり、その点からも圧倒的な企画力を持っていることがわかります。
キーエンスでは販売機能を特に重視しており、直販営業を行っている点が特徴です。顧客から直接声を聴きながら解決案を検討するという過程を経ることで、研究開発費を抑えながら「世界初」「業界初」となる製品の開発を行っているのです。
ファブレス経営のメリット
ファブレス経営には、自分で工場を保有する経営方法にはないメリットがあります。ここからは、ファブレス経営の持つ3つのメリットについて紹介します。
市場の変化に対応しやすい
自社で工場を保有しないファブレス経営では、生産調整や事業規模の拡大・縮小を迅速に行うことができます。そのため、市場からの需要が急激に低くなった場合でも、コストを抑えつつ速やかに撤退できるのです。
これは、製造を外部委託することで、状況に合わせて生産の調整ができるからです。また、外部委託による生産は「常に最適な生産体制を選択できる」ことにもつながります。製品の特長や納期、納品数などに見合った委託先を選ぶことで、より合理的な生産ができるのです。
市場がグローバル化するなかで、その動向に対して迅速かつ的確に対応することは、経営を安定させるために不可欠となっています。それが、ファブレス経営が注目されるようになった一因でもあるのです。
設備投資の費用を抑えられる
生産設備を自社で保有する場合、工場の建設などの大規模な設備投資をしなければなりません。
工場の建設だけではなく、運営のために「人件費」「維持費」などのコストが発生し、経営にとって大きな負担になります。ファブレス経営により生産を外部企業へ委託することで、こうした費用を抑えることができます。
新製品を素早く開発しなければならない企業や、製品のライフサイクルが短い商品を取り扱っている企業の場合、ファブレス経営によるコスト減のメリットはさらに大きいはずです。
企画・開発に集中投資できる
少ない資金でも、得意な分野に特化することができるという点がファブレス経営の魅力の1つだといえます。
ファブレス経営を行う企業では、商品の企画や開発に力を入れているケースが多いです。また、販売やマーケティングに集中することで成長を続けている企業もあります。
本来であれば、生産のために投資しなければならない資金を別の分野に投資できるため、製造以外の強みを伸ばすことが可能になるのです。
ファブレス経営という選択肢が出現したことで、製造以外の分野を得意とするベンチャー企業や中小メーカーが、市場における存在感を増していくというケースも増えています。
品質管理が難しい?ファブレス経営のリスク・デメリット
ファブレス経営によって得られるメリットは多いため、これから導入しようという企業も少なくありません。
しかし、ファブレス経営には良い面だけではなく、リスクやデメリットがあるという点には注意が必要です。
ここからは、ファブレス経営における注意点について紹介します。
品質管理が難しい
製品の品質管理はメーカーにとって重要です。品質を維持することは、商品の価値を保つだけではなく、顧客の信頼を得ることにもつながります。
しかし、生産を外部に委託するファブレス経営では、製品の品質管理が簡単ではありません。製品を作る企業が外部にある以上、自社の生産設備以上に管理が難しいからです。
また、製品の品質について「生産している企業の責任だ」という意識が生まれやすい点にも注意が必要です。
対策としては、監査制度の導入や委託先へ検査員を常駐させるなど、生産システムをチェックできる体制を整える方法があります。
生産を外部に委託するとしても、品質管理・生産管理については自社で行うことが重要です。
情報漏洩のリスク
製品の生産を外部に委託することで、製造技術や企画・デザインなどの情報が漏洩するリスクがあります。
たとえば、製造に関するノウハウが流出することでコピー製品が出回ってしまう可能性があります。過去には、外部委託を受注していた企業がコピー商品を作っていたという事例もあるのです。
このようなリスクを回避するためには、きちんとした防止策が必要となります。契約で明記するのは当然ですが、自社と委託先の両方にとってメリットがある適切な関係を築くことが大切です。
製造を委託する企業を選ぶ際には、単にコスト面だけを考慮するのではなく、安定した関係を構築できるかどうかも充分に検討する必要があります。
外注コストが高くなる
ファブレス経営では、工場建設や製造設備への初期投資がかからない代わりに、外部企業への製造委託に高いコストを支払う必要があります。
外注コストは自社生産より高いため、むやみにファブレス経営に乗り出すと、予想外に費用がかさむ可能性もあるのです。
市場の動向が読めないケースや、製品や技術の将来性を見極めたい場合にはファブレス経営が適していますが、売上が安定すれば自社生産に切り替えるなどの判断が必要になります。
コスト削減を目指すならまずは自社の人事評価制度の見直しを
ファブレス経営によって、コストの削減を進めることで、経営を改善するきっかけになる可能性があります。
また、コスト削減を目指すなら、自社の人事評価制度についても見直してみることも必要です。
旧来型の年功序列制度によって発生している人件費を、成果報酬型の賃金制度へ変革し、人件費を適正化することで、結果的にコスト削減に繋がります。
経営と人事の見直しを考えているなら、まず検討してみてはいかがでしょうか。
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