日本では企業の正社員は無限定な働き方を前提としているためか、そもそも職務や職責という概念があいまいで、それらと賃金とを結びつけた人事評価制度も広く浸透していません。企業が外部の人材を活用して生産性を高めていくことがますます重要となる中、健全な労働市場を構築するには、企業の人事評価規程を役所に届ける義務を課していくべきではないかという声が高まっており、企業も準備を迫られています。
人事評価規程の現状に経産相も苦言
世耕弘成経済産業大臣は2016年、雑誌のインタビューで日本企業の人事評価制度についてこう指摘しました。「日本企業が社員の仕事のスキルの測定を怠ってきた面は否めません。個人の能力や仕事へのスキルへの評価基準などのインフラを作らないといけません」(『日経ビジネス』2016年10月31日号、日経BP社)
日本では終身雇用で年功序列型の賃金制度が敷かれ、サラリーマンの人生設計の前提となっていました。しかし、こうした前提はすでに崩壊しています。
社員のパフォーマンスで待遇に差をつけるのなら、客観的で合理的な基準に基づく適切な制度が必要になります。社員が担う職務の難度、職責の重さ、それをこなす能力、目指すべき職責(キャリアパス)などがきちんと測定されてこそ、合理的な待遇差がつけられるからです。世耕大臣は、必ずしもそうなっていない現状を批判しているのです。
また、これまでの日本企業は、社の中核となる人材の育成は自前で行ってきました。いわば「内部労働市場」の機能で人材を確保してきたのですが、この手法では非正規社員のスキルや待遇の向上などは想定されていませんでした。このことが、正規・非正規の格差を生み、社会問題となっています。
規程の届け出義務化を目指せ
こうした課題を解決するため、政府は「同一労働同一賃金」を推進して、非正規社員の処遇や社会的立場を向上させることを進めていますが、目指すところは外部労働市場の活性化です。外部労働市場での仕事と人とのマッチング機能を高めて、ゆくゆくは高い付加価値を生み出す生産性の高い業種に人材を移動させていく構想を描いているのです。
その実現のためには、企業間でもある程度の共通性が保たれた評価基準が必要ではないでしょうか。世耕大臣が言う「インフラ」と呼べるくらいに普及すれば、採用スタイルや能力開発のあり方が変わってきます。すなわち、企業は求める能力と待遇を開示し、求職者はそれまでに得た能力評価と自身が望むキャリアパスを携えて応募するようになります。これまでの採用では、人柄ややる気など採用者が主観的な判断で行うことが多く、前職の実績も自己申告だけでした。こうした部分は、より客観的な方向へと進んでいくべきでしょう。
ただ、こうした考えが社会に浸透するためには法的裏付けが必要となります。労働基準法89条には就業規則に必ず記載しなければならない事項が定められており、その中に「賃金の決定方法」と「昇給」があります。企業がこの項目を作る際には、評価規程を必ず設け、その運用を明確化・透明化することを行政が企業に強く求めることができるよう、法的根拠を与えるようにすればいいのではないでしょうか。
企業にとってその意味とは
法的な裏付けができれば、企業は義務として対応せざるをえなくなります。常時10人以上の労働者を使用する事業所は、就業規則の届け出義務があります。
もし届け出があった就業規則に評価規程が一体となっていなかった場合、労働基準監督署は再提出を要請できるくらいになれば、爆発的に普及するのではないでしょうか。厚生労働省や業界団体などがモデル規程を公表していけば、中身のブラッシュアップも進むことが期待できます。
「働き方改革」が叫ばれる昨今、これまで当たり前のように行われてきた長時間労働などの環境を見直すことは、社員を大事にする企業であることを社会にアピールする手段としても使われています。同時に、質の高い評価規程を整備していることをアピールすれば優秀な人材獲得につながり、ひいては業績向上に資することにもなるでしょう。
企業はこの流れを絶好のチャンスとして前向きにとらえ、早めに準備していくことが大切なのではないでしょうか。
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