リクルートグループの研究機関として広く社会に向けた労働市場調査や提言を行っているのが、リクルートワークス研究所です。多岐にわたる研究テーマに取り組み、「人材マネジメント」に対する豊富な知見を持つ同研究所では、今の日本企業における人事評価制度をどう捉えているのでしょうか。 今回は、同研究所で副所長を務める中尾隆一郎さんをお招きし、あしたのチーム代表 高橋恭介との対談を実施。その様子を前後編でお届けします。
【Profile】
中尾 隆一郎(なかお りゅういちろう)
株式会社リクルートホールディングス リクルートワークス研究所 副所長 兼 株式会社旅工房取締役
1989年大阪大学大学院工学研究科材料物性工学科了。同年株式会社リクルート(現株式会社リクルートホールディングス)入社。人材総合サービス事業部企画室 企画グループマネジャー、ワークス研究所 調査グループマネジャー、株式会社リクルートマネジメントソリューションズ マーケティングFU長、株式会社リクルート事業統括室エグゼクティブマネジャー、株式会社リクルートすまいカンパニー執行役員(事業開発担当)、株式会社リクルートテクノロジーズ代表取締役社長を経て、16年4月より現職。専門は事業執行、マーケティング、人材採用、組織創り。
高橋 恭介(たかはし きょうすけ)
株式会社あしたのチーム 代表取締役社長
大学卒業後、興銀リース株式会社に入社。その後ベンチャー企業であったプリモ・ジャパン株式会社に入社。副社長として人事業務に携わり、当時数十名だった同社を500人規模にまでに成長させ、ブライダルジュエリー業界シェア1位にまで成長させた。2008年には、同社での経験を生かし、リーマンショックの直後に、株式会社あしたのチームを設立。これまで1,100社を超える中小・ベンチャー企業に対して人事評価制度の構築・運用実績を持つ。
■人事評価制度を単独で検討することの危険性
高橋恭介(以下、高橋):私はこれまでの日本の人事評価の歴史を、「人件費抑制のための変遷」であったのではないかと考えています。高度経済成長期には終身雇用と掛け合わせた職能給で報酬が決まっていました。これは一度上げた給与は簡単には下がらない仕組みですが、日本経済が右肩上がりで成長していたからこそ成立していたんですね。
しかしバブル崩壊後に企業は軒並み事業成長に苦戦し、成果主義の評価制度を導入。ところが、人件費を抑制することを狙って欧米型評価制度の都合の良いところだけを輸入した形になってしまい、社員はMBOで評価されることに納得感が薄く、人材育成にも繋がっていない企業が多いと感じています。
極論を言うと、人事評価制度を導入して上手くいっていない企業は「動機が不純」だったから、評価される側の納得感がなく定着もしない。形骸化しやすいんだと思うんです。中尾さんは日本企業の人事制度評価の現状をどのようにお感じなのでしょうか。
中尾隆一郎さん(以下、中尾):そういった側面もあるかもしれません。けれど、人事評価制度を単独で論じることは少し危険な気がします。というのも、人事評価制度は企業経営における手段にすぎず、本来は経営戦略や指針に沿って存在するものですし、各企業独自の特色が出てもいいと思うんです。
だから、こっちの制度が正しくて、あっちの制度が間違っているという単純な話ではない。各組織の状況を無視して単独で語られがちなことも形骸化の要因ではないでしょうか。
高橋:たしかに仰る通りですね。弊社が支援している企業は、従業員数100名以下の小規模事業者の方々が多いのですが、人事戦略がきちんと定められていた企業や、ジョブ全体を俯瞰して考えられていた会社はあまり多くありません。
人事評価制度自体がなくオーナー社長のさじ加減一つで給与を決めるところや、「人事評価制度=賃金を決めるもの」という捉え方をしているところも多いんです。そうしたやり方を続けた結果、社員のエンゲージメントが上がらないどころか、労使紛争に直面する企業もありますし、廃業の瀬戸際まで来てしまった企業もある。私は、そうした企業こそ人事評価制度も含めた人的資源の活かし方について真剣に考えていただきたいという信念ですね。
中尾:なるほど。そうした企業であっても、やはり目的を明確にして導入しないと危険ですね。理想は経営理念や行動理念から目標管理・報酬までをひとつながりに接続することですが、いま危機に直面している企業なら、短期的にはせめて事業戦略と部署・個人の目標を接続できる評価制度でないといけない。「いま私たちはどこに向かっていき、そのためにあなたにはこの役割を担ってほしい」という方向性を指し示すものでなければ意味がないですね。
■形骸化を防ぐには、自社へのローカライズやアジャイル型の導入も有効
高橋:運用の仕方についてもぜひご意見を伺いたいです。一般的には評価シートを使って半年に1度評点をつけるというやり方が多いですが、運用に課題を抱えている企業に傾向はあるのでしょうか。
中尾:大きく分けると三つの問題点があります。一つは、評価が“中心化傾向”に陥ってしまい、良い・悪い点数が出にくくなること。これでは成果の大小による差が評価に反映されず不公平感が生まれてしまいます。もう一つは、達成基準が曖昧なために評価者と被評価者の間で認識がずれてしまうこと。そして最後は今お話しした2点の問題がなかったとしても、半年や1年に1度の評価サイクルでは、もはや世の中の変化に対応できないことです。
高橋:まさに弊社が導入する企業でもよく見かける現象です。では、イノベーションを生み出している企業は目標設定や管理、評価をどのように運用しているのでしょうか。
中尾:イノベーティブな企業は週次の「1on1」の導入など、コミュニケーション頻度に注目して進化していますね。また、そこから更に進化して面談自体を止めようとしている企業もあります。何か問題が起きたり変化があったりしたら、そのときにさっと集まって検討する方が良いという考え方。
目標管理のあり方をシステム開発に例えるなら、ウォーターフォール型からアジャイル型へ移行しているということですね。最初にガチガチに決めてしまうのではなく、変化を見越してまずは走ってみる。形だけの面談をやって時間を取られるくらいなら必要ないという発想のようです。
高橋:面談を前提にするのではなく、日常のPDCAを重視しようという発想なのですね。こういうイノベーション企業と、目標管理や評価に問題を抱えている企業の違いはどこにあるのだとお考えですか。
中尾:僕は制度の“輸入”の仕方の違いだと考えています。少し歴史に触れると、日本企業ってバブル崩壊前までは自分たちのやり方に自信があったので、たとえ欧米のノウハウを導入するとしても、そのままの形で取り入れることはなかったんですね。
更に歴史をさかのぼれば、“漢字”が典型的です。中国から漢字を持ち帰ってきたけれど、そこからカタカナやひらがなをつくったのは、日本の風土・文化にあわせた“ローカライズ”の思想だと思います。日本ってもともとローカライズが上手い国だったはずなんですよ。
ところがバブル崩壊で自信をなくし、これからはグローバルスタンダードだと言ってMBOを輸入。欧米ではジョブ型の組織運営だったからMBOが成立していたのに、メンバーシップ型の日本企業がそのまま無理に採用してしまったことも、高橋さんが指摘する上手くいかなかった要因と関連していると思います。だからこそ経営理念や事業戦略と紐づけて“カスタマイズ”することが必要なのではないでしょうか。
または、アジャイル的な考えで一旦入れてみて、運用しながら自社独自のやり方に進化させていってもいいと思います。いずれにしろ、「これが正しい」と盲目的に信奉することが一番危険。それこそが、この2~30年間で日本が学ぶべきことなのかもしれませんよ。
■イノベーション企業は組織運営も人事評価も進化している
高橋:では、少し未来予測的な話をしてしまいますが、今後の目標管理や人事評価はどうなっていくか、どうあるべきだと思いますか?
中尾:先日、TEDのあるプレゼンを見ていたのですが、登壇していたスピーカーは「あなたにとってのクリエイティブな時間はいつですか?」という調査をしたところ、「風呂・トイレ・料理」といったプライベートの時間を答える人や、「早朝・夜」といった時間帯を指す人、「車・電車に乗っているとき」と答える人がいたそうです。
この3つの共通点とは、「マネージャー」「ミーティング」がないこと。つまり、マネージャーがメンバーの創造的な時間を奪っているという指摘だったんですよ。たしかに、マネージャーが自分の仕事である管理のために人の時間を拘束しているのだとしたら、これは問題。先ほどお話したように、イノベーション創出の先進企業は面談をやめたり、ITを駆使してすべての仕事のログを残したりといった工夫で目標管理・評価を進化させようとしています。
そういった企業が2歩も3歩も先に進もうとしているのに、あいまいな基準・制度で運用している企業や、そもそも仕組みがない企業は、生き残りが難しくなるのではないでしょうか。
高橋:私の場合は、この変化が激しい時代に集団管理がそぐわないと思っています。一人ひとりの強みや弱みに注目して、それぞれに適切な役割と目標を付与し、成長を促していくような個別管理がこれからのスタンダードではないでしょうか。突き詰めていくと評価制度も人材と同じように多様性がテーマになっていくのかもしれません。
━━後編では、人事評価制度を起点にしながらも、いま世の中全体で注目されている「働き方改革(生産性)」や「ダイバーシティ」へと話題が発展していきました。次回もお楽しみに。
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