「過労死」が「karoshi」という言葉になって世界に知られるようになって久しいですが、仕事と生活の調和(ワークライフバランス)を実現しようと、政府はようやく「働き方改革」の大号令をかけました。
美徳とされ、当たり前のように行われてきた長時間労働の解消は、社会全体の課題として真剣に議論され始めています。労働者の残業に対する意識も高まりつつあり、人事制度を設計する経営者にはいっそう敏感になることが求められています。
月間の時間外労働62時間で労災認定
過労死をめぐる訴訟は報道でもよく取り上げられます。通常、過労死の労災認定の目安は、死亡前6ヵ月以内の時間外労働が月平均80時間となっています(2001年厚生労働省通達)。このラインに達しないと、労働基準監督署は労災認定しないことがほとんどです。このため遺族が行政の不備を裁判に訴え、司法がどんな判断をするのか注目が集まるのです。
2015年にはこのようなケースがありました。報道によると、会社員だった男性(当時33歳)が虚血性心不全で死亡したのは過労が原因だとして男性の両親が労災認定を求めた訴訟があり、男性の時間外労働は同約62時間でした。しかし、控訴審判決で大阪高裁は死亡36ヵ月前までさかのぼって勤務実態を検証し、残業が100時間を超える月があったことなどから「恒常的な長時間労働で疲労を蓄積していた。精神的負担も大きく蓄積した疲労を解消できなかった」などとして業務と発症との関連性を認めました。
両親は会社に約1億6,400万円の損害賠償訴訟も起こしていましたが、会社側は遺憾の意を表明するとともに和解金を支払っています。
厚労省統計によると、2015年度に自殺を含む過労死で労災認定された189人のうち、時間外労働が月平均80時間未満だったのは34人(18%)。2013年度は同12%でした。これを見ると、単純に80時間という要件にとらわれないケースが増えてきていると分析することもできそうです。
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労働基準法改正で時間外労働割増賃金の引き上げ
こうした長時間労働を抑制しようと、2010年から改正労働基準法が施行されました。それまでは1週40時間、1日8時間の法定労働時間を超えた分について、使用者は25%以上の割増賃金を支払うことが求められていましたが、月に60時間を超えた分は50%以上に引き上げられました。
深夜(22~5時)の場合は25%以上の深夜割増も加わり、75%以上となります。一方、法定休日(日曜日など)に出勤した場合は別枠で35%の割増で計算するため、60時間の時間外労働時間には算定されません。
また、労使協定が成立すれば、有給休暇を与えることで割増賃金の代わりとすることもできます。代休を取るかどうかは労働者が決めることで、使用者が強制することはできません。
この割増賃金率は中小企業には適用が猶予されていましたが、2019年4月1日からは猶予が廃止されます。増大する残業代への企業の対応は「待ったなし」といえるでしょう。
デッドラインの月60時間、早朝勤務もカウントですべての企業に超過リスク
「残業」と言えば夜遅くに会社に残って行うものというイメージがありますが、早朝出勤して始業前に仕事をするのは残業にはならないのでしょうか。
過去の判例から早朝勤務が残業として認められるのは、①業務に関連すること、②義務づけられたか余儀なくされた、③会社の指揮監督下にある、の要件を満たしていることです。例えば、上司から「明日の朝6時に出勤して9時からの会議の資料を作りなさい」と指示された場合や、強制参加の早朝勉強会への出席はあてはまります。
一方、出勤が早い上司や社長に気遣ったり、満員電車を回避したりする理由で早出した場合は認められません。
それにしても、こうして朝も夜も残業時間にカウントされるとなると、すべての企業に月60時間のデッドラインを突破してしまうリスクがあります。60時間程度なら割増賃金を払えば済むとも言えますが、80時間を超えてしまうとやっかいです。これまで労基署の立ち入り指導が行われていたのは1ヵ月の残業時間が100時間を超えている従業員がいると疑われる企業でしたが、2016年からは同80時間に引き下げられたからです。
結果、対象企業は2倍に増えています。「80時間」というのは先述したように「過労死ライン」です。もし、違法残業とみなされて指導が入ったと報道されたら、社会的制裁にさらされることにもなりかねません。経営者が従業員の残業時間に敏感にならざるを得ない理由は、こんなところにもあるのです。
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